消費者と生産者、都市と地方がつながり合う場で暮らす ~元麻布農園レジデンス

 

世界各国の大使館が点在する高級住宅街、東京・元麻布。このあたりではひときわ目立つきらびやかなタワーマンションのたもとに、小さな家庭菜園がお庭のように付いているシェアハウス「元麻布農園レジデンス」が見えてきた。「職場に近い都心生活を満喫しながら、身近にいつも土と食を感じられる暮らしを」というコンセプトの下、2011年7月にオープンしたシェアハウス。今日は、菜園を舞台に有機農業を学べる連続講座「土にふれ、農を知る!」が開かれる日ということで、参加させてもらうことにした。

 

 

小さな菜園から有機農業の現実を知る

 

この講座は、新潟市でコメや野菜などを栽培する「大越農園」を営む大越正章さんを講師に9月からスタート。約4か月かけて菜園で野菜を育てながら、収穫した野菜を使って講座終了後のランチを作る。冬に向けて保存食づくりも始まっていて、前回の講座でつくった切り干し大根は、もうしっかり乾いている。今回は菜園での作業後にたくあんを漬け、春菊パスタや米粉のピザ、サラダやスープを作るという。楽しみ!

 

まずは、大根の葉っぱを穴だらけにしているカブラバハチの黒い幼虫を退治することに。有機農業では農薬を使えない。そもそもカブラバハチは、農薬も効きにくいムシなのだとか。割り箸を手に、みんなでワイワイ言いながら一匹ずつ摘んでいく。

 

大越さんのお話を真剣に聞く参加者の皆さん

 

大越さんは、畑を回りながらそれぞれの野菜の食べごろの時期や収穫のコツを解説してくれる。チンゲン菜の場所にやって来た。葉っぱが全体的に黄色くなってしまっている。黄化病だ。前回からその兆候はあったが、あえて何も手を出さなかったそうだ。大越さんは受講生たちに呼びかけた。「全滅するという現実を見て、有機栽培のリスクを知って欲しい」と。大越農園でも、経営上のリスクを和らげるために、有機米を栽培する田んぼを全体の1—2割にしている現状も話してくれた。有機農業は決してきれいごとだけでは続けられない。だからこそ、手間と手塩をかけて育てられた作物を買い支えることが大切―—。そんなことが、理屈抜きですっと頭の中に入ってくる。

 

大越正章さん

 

大越さんはしみじみと振り返る。「東日本大震災の後に、食糧の品不足が起きましたよね。あの時をきっかけに、農家と直接つながりを持っておくことの大切さに気づいた人が増えたと思います。うちにもお客さんから連絡が来て、『近所の人の分まで買ってあげたい』とコメを余分に注文してくれました。生産者とのつながりを持っていると強い、と改めて思いました」。コメの相場が下落する中、農家も直販のほうがサステナブルだということに気づき始めているという。「でも、何をすれば良いか分からないという農家が多いのです。一方で、都会の人たちはどんな農家とつながったら良いか分からなくて、農家との関係づくりを求めている。お互いがリアルに出会える場所が大切で、ここはまさにそういう場になっている」(大越さん)。

 

最近、日本各地に広がってきたマルシェも、生産者と消費者が出会える場の一つだ。でも、そこでの農家はあくまでも売り手で、生産者としての顔が見えにくい。この講座のように、一緒に畑に入って作業をしながら出会える場のほうが、消費者にとっては農家をより深く知ることができる。大越さんも「店で売りながらお客さんと話すよりも、作業しながらのほうが話しやすいですね」と、照れくさそうに微笑む。

 

この日の講座には、シェアハウスの住民と近隣から参加しているメンバー約10人が参加した。住民の西脇大喜さんは、社会人になって3年ほど都心で一人暮らしをしてきたが、11月半ばにここに引っ越して来たばかり。実家が兵庫県で農業をやっているということもあり、自然が少ない都心にいながらも時々土に触れる生活がしたいと考えていた時、元麻布農園レジデンスのことを知り、「ピッタリだ!」と思ったそうだ。

 

元麻布農園レジデンスに住む西脇大喜さん

 

「毎週決まった日に一緒に食事をするといったルールは特にありませんが、毎週『何か』はありますね。来週は新潟県の杜氏さんを招いての日本酒の会がありますし、月末にはクリスマス会や忘年会もあります。自然に『やろうか』という流れになっていますね。リビングから、あるいはこういう講座から、自然に関係性が広がっていくのがいいですね」(西脇さん)。価値観や思いが似ている人たちの人生観に触れるだけでも、毎日が楽しいのだという。

 

講座に参加する会社員の山田洋子さんは毎回、白金高輪から自転車に乗ってここまでやって来る。マンションでの一人暮らし。大震災をきっかけに、色々と考えたそうだ。「個の無力さを思い知り、つながりを作り直すことの大切さを痛感しました。どうすれば良いかと考えるきっかけにしたくて、講座に参加しています」という山田さん。最近では、マルシェのような場所に行って農家から直接野菜を買ったり、マンションの自治会活動にも積極的に関わったりするようになったそうだ。今まで誰かや何かに任せきりにしてきたことを、少しずつ自分のこととして引き受けていく―。この場から山田さんのような人たちが増えていけば、今の日本で問題とされている暮らしのありようが、少しずつ豊かな方向に変わっていくような気がしてならない。

 

有機農業講座に参加している山田洋子さん

 

さて、収穫の後はいよいよお楽しみの料理とランチ。ところが、ランチの食材が入った荷物が指定時間に届かないというハプニングが…。という訳で、今日は収穫した大根を使ったミルクベースの野菜スープと、ほうれん草と水菜サラダという、何とも身体に優しそうなメニューだけになってしまった。「それもご愛嬌」とばかりに、受講生の皆さんはダイニングテーブルを囲んでよもやま話に花を咲かせていた。

 

本日のランチメニューなり。大越農園オリジナル商品「お米クリスピー」をサラダにトッピング。これが香ばしくて美味しい!

 

株式会社スローライフ代表取締役の片岡義隆さんは、不動産投資会社と投資ファンド会社での勤務を経て独立。関連会社のヒューマンノットでは、「コレクティブレジデンス」の名で表参道、菊名、松原団地でもシェアハウスを運営している。片岡さん自身、千葉県内の畑を借りて都心から週末ごとに通っていたのだが、1年ほどで「息切れ」してしまった。ならば、農家に都心に来てもらえないか―。そんなちょっとした思いを事業に添えてみたのが、菜園付きシェアハウスという暮らし方だった。定期的に来てもらえる「マイ農家」を持ち、農家とコミュニケーションを重ねることを通じて、ずっと言われ続けている食の安全にまつわる問題を解決できればー。そんな思いもあった。

 

片岡義隆さん

 

片岡さんは言う。「食糧自給率の低下とか過疎とか、農業、あるいは地方が抱える問題を放置していると、いずれは都市の、日本全体の問題になると思えてなりません。原発もそうですよね。人口の少ない地方に押し付けていたことが、今回の大震災ですべて都市に跳ね返ってきたと言えるのではないでしょうか。だからここでは、食を手がかりに地方が抱える問題を知り、都市と地方が一緒になって解決への糸口を見つける場を提供したいのです」。

 

農業講座をやっている理由も、単に都市の消費者に農家と出会ってもらうためではない。講師料として農家にお支払いすることで、農業経営を持続可能にするための手助けをしたいとの思いがあるという。猪肉料理を囲みながら猟師さんのお話を聞く会は、イノシシが畑を荒らして農家を悩ませている獣害の現状を知ってもらいたいと開催した。杜氏さんからお話を聞きながら楽しめる日本酒の会は、消え行く酒蔵に象徴される日本の伝統食の衰退を何とかしたいと定期的に開いている。都市と地方が一緒になって問題に立ち向かう―。元麻布農園レジデンスの場で繰り広げられる様々な仕掛けの一つ一つに、片岡さんの思いが込められている。

 

元麻布農園レジデンスは、単身向け14室のシェアハウス。土に触れる暮らしへの理解、人柄などを鑑みながら入居者を決めており、面接に来た人のうち実際に入居できたのは2~3割だという

 

とても周到な印象を受ける片岡さんだが、よくよく聞いていくと、こうしたイベントはすべて彼自身が好きなことばかり。食べることしかり、お酒を飲むことしかり。そんな自然体から発想されることだから、人から人へと思いが伝わるのだろう。今後は、地方自治体に1日出店してもらって街の魅力を発信してもらう「ミニ物産館」のような試みを検討しているという。シェアハウスの住民同士のつながりだけでなく、別々の場所で運営しているシェアハウス間のつながりを強める仕掛けも考えていきたいそうだ。片岡さんは「おかげさまでイメージ通りの場になりつつあるので、こういう場所を他でも広げていきたいですね」と意気込んでいる。

 

「うちの近くにもあったらいいな」と思わせてくれる元麻布農園レジデンス。このような場を各地に広げるカギは、何なのだろうか―。片岡さんは「大規模マンションの共有部分には、必ず(相応の広さのある)庭がある。ここを菜園として使えるようリノベーションを施すことで広げていくというのも、一つの手です」と話す。そこへ農家に定期的に来てもらって指導を受けたり、農家の畑で採れた野菜も販売でしたりできれば、農家へのメリットもさらに広がる。元麻布農園レジデンスでは、子どもたちに土作りから収穫、料理まで一貫して体験させる「キッズ土育講座」も行っている。これについても、各地の小中学校の敷地内に菜園を設けて、平日は子どもたちが畑作業をし、休日には地域住民に参画してもらって一緒に作業するという枠組みができれば、子どもたちに近場で体験させることができるようになるだろう。聞いているだけで、ワクワクしてくる。

 

元麻布農園のキャッチコピーは「農家さんと交流するシェアハウス&都市農園」。その向こうには、都市ばかりが潤う一方に見える今の世の中とは違う、豊かな地域が各地で現れてくる未来像がほんのりと見えてくる。(文責・木村麻紀)

 

<お知らせ>
元麻布農園レジデンスでは、2011年1月21日(土)に国産大豆を使った味噌づくり講座を企画しています。ご興味のある方は、ウェブサイトからお問い合わせ下さい。

 

元麻布農園レジデンス
http://motoazabu-farm.com/index.html
http://www.facebook.com/MotoazabuFarm

 

 

木村 麻紀

木村 麻紀

湘南生まれ、湘南育ち。時事通信社記者、米コロンビア大学経営大学院客員研究員などを経て、環境ビジネス情報誌『オルタナ』 の創刊に参画。同誌副編集長、パルシステム生活協同組合発行情報誌『POCO21』編集長を歴任後、現在は「まちエネ大学」をはじめとする地域コミュニティデザイン・地域人材育成のプロジェクトを手掛ける。小学生男の子の母。最近の関心事は「『生きるように働く』ための場づ くり」と「(どんな環境でも生きて行ける)人育て」。究極の夢は、職住近接の働き方ができるコワーキングスペース付きコレクティブハウス(的なもの)を地元につくること。 著書に「ロハス・ワールドリポート ー人と環境を大切にする生き方ー」(ソトコト新書、木楽舎)、「ドイツビールおいしさの原点 −バイエルンに学ぶ地産地消−」(学芸出版社)。編著に「「社会的責任学入門〜環境危機時代に適応する7つの教養〜」(東北大学出版会)など。

あわせてどうぞ