ご近所づきあいもDIY ~okatteにしおぎ

東京は西荻窪駅と久我山駅のちょうど真ん中、駅前の喧騒から離れた静かな住宅街に、2015年4月にオープンしたokatteにしおぎ(以下okatte)。ここは有料会員制の「まちのシェアキッチン&リビング」だ。二階には3つの個室を擁するシェアハウスにもなっている。

外観
東京産の木材をふんだんに使い、草屋根・雨水利用・太陽光によるオフグリッドの電力供給などを取り入れた環境共生型の様式(※)

キッチンという意味の”お勝手”は、昔はその家の住人だけでなく、ご近所さんも行ったり来たりするひらかれた場所だった。”okatte”とは、そんな顔見知りのご近所さんが時には行き交い関わり合うなかで、それぞれの”勝手”を融通しあっていく場であれという意を込めて名付けられた。コーディネーター*の運営支援のもと、会員(okatteメンバー)は現在50人ほど。メンバーが自由に集まって、一緒に食事を作ったり食べたりしているほか、イベントや教室として利用することもあるそうだ。

内観
開放的なキッチンと土間スペース。土間に続く小上がりには無垢材フローリングのリビング+畳スペースが(※)

どんな人々が、どんな風に、この場所に行き来しているのだろう。3人のメンバーの日常をのぞいてみた。

 

栗原さんの場合:「暮らしにのりしろが生まれる不思議を面白がっています」

2階住戸スペースの住人の栗原さんは、以前はここから100mくらいのところにある1LDKに住んでいた。西荻窪が気に入っていて、在住歴はもう10年以上になる。それでも、独り暮らしだと近所づきあいはなかったという。

もともとここの大家さんとは知り合いで、おもしろい場所になりそうだし、okatteメンバーにはなるつもりでワークショップに参加していたが、「住む」という選択肢はまったくなかった。それが、12畳の個室を内覧会でみたときに、6畳×3室(キッチン含む)の今の部屋を持て余していたこともあり「ありじゃん」と直感した。勢いにのって入居して、早4カ月。パブリックコモンスペースに人が来たり居たりするのが日常かと思っていたが、今のところ人がいる方が非日常になっている。自分自身は、用事がない限り自室に籠らないように心がけていて、広いリビングで映画をみたりしていると、他の住人が混じることもある。

 

「生活スタイルは変わっていないんです。毎日帰宅はだいたい22時過ぎますし。独り暮らしのときと違って、キッチンの洗いものもそのままにできないでしょう。時間はむしろなくなっている、だけどなぜか自分のなかにのりしろができている」

 

自分は本来せっかちで無駄な時間を過ごしたくないタイプのはずなのに…なんでだろうといいつつ、その状況を楽しんでいるよう。

住人
この日も「さぼらずきちんとやるようになったのも“のりしろ”の具体的な副産物」と笑って、市民プールに出かけて行った。

自分にとって気になる/気にかける人が増えればそれだけ「面倒」は増えるのだけど、それと比例して「ゆとり」も生まれる。きっと、その人のことを想う分だけ、心の空間がひろがっていくからだ。それが、家族でも友人でもご近所さんでも。

 

野尻さんの場合:「自分たちが普通だと思うことをそう思わない人もいるという環境を子どもに」

小さなお子さんと家族でご近所に住むokatteメンバーの野尻さんのある日は、たとえばこんな感じ。仕事を終えて園にこどもたちをお迎えに行く。時計をみるともう18:30。帰って夕飯の支度をする時間も気力もない。金曜日は特にだ。でも今日は、昨日のうちからokatteに行くと決めていた。園のお迎えで一緒になったママ友に「もうご飯の用意してる?」「これから~」「実家から届いた野菜がたくさんあるの」というやりとりをしつつお誘い。

食事会
揃っていただきます

自宅でのママ友との食事会は以前からもしていた。でも「いつも誘うのも気を使うので、ごはんを一緒に作って食べられる自宅以外の場所があるといいねと話していた」のだという。そして偶然にも家の近所にokatteができて、これで思っていたことができる!と期待に胸を膨らませた。実際は、夜の利用は子どもの騒音への配慮もあって、当初思っていたほど頻繁には利用していない。だけど…と言葉と繋ぐ。

包丁
野菜の切り方教えてもらう(注:親子ではない)

「実家が農家で、うちにいつもよその人がいる家で育ったからかな。子どもが生まれて、自分の子にも“多様性”というとちょっと大げさだけど、単に世代や国籍のことだけじゃなくて、自分たちが普通だと思うことをそう思わない人もいることなんかの価値観含めた違いを感じられる環境をと思っていたから」

例えばこのあいだは、メンバーの同じく小さな子供がいる家庭と共同で、こどものためでも子連れのためでもない「こどもがつくる食堂」を開催してみた。内輪でやっていた食事会とは違う体験を楽しんでいる。

こども食堂

親以外の大人がファシリテート
どうぞ
こどもシェフからおかあさんへ「どーぞ!」。

 

安中さんの場合:「押し付けでも無関心でもない善意で成り立つつながり」

近所にご夫婦二人暮らしの安中さんは、図書館に行く道すがら、何ができるんだろうと完成前から気になっていた。ある日、なかで人が楽しそうに集まっているのを見て…入って尋ねるほどの勇気はなく、ポスターをみて家で検索しメンバー説明会に参加したという。

ポスター
入口の説明会のポスター(※)

「私は新潟の農村出身で。田舎独特の濃いご近所づきあいが苦手だったんだけど、東京暮らしでご近所づきあいが一切なくなり、それはそれで嫌だなと思っていたんです」

 

説明会で感じた強制されない緩やかな関わりでもいいという雰囲気に、気楽で続けていけそうと共感。ただ、行けば、何かに/誰かに出会えるのがおもしろそうと思えた。今のところ、自分の帰宅時間も遅く(20時すぎるともう行く気にはなれず)平日利用はできていない。日程が合っておもしろそうな週末のイベントに参加している。「押し付けでも無関心でもないこれくらいの距離感のご近所づきあいが心地いい」と教えてくれた。

 

 Do it yourself  ~人こそが場である

こうして50人のメンバーのうち3人のお話しを聞いたが、まさに十人十色でメンバーの一人ひとりがそれぞれの距離感・温度感でokatteと関わっている。行ってお金を払えば誰かが何かをサービス提供してくれるわけではなく、一人ひとりが会費を負担して、自分たちの手で自分たちにとって心地いい「場」の育て役を担っている。これからもメンバーの入れ替わりがあるだろし、その都度okatteの様相も変わっていくはずだ。もとい、一人の「私」だって時とともに変わっていくのだ。人間の細胞が日々入れ替わっていて、一日として同じであることはないように。

メンバー
okatteメンバーのネームカード

必要十分な条件がそろってokatteが誕生したのではない、とあえて言いたい。まず初めに人がいた。一人、またもう一人…と次第に集い、声をかけ合ってそれぞれができることを持ち寄りあった。自分ではできないことでも得意な人がいたり、人と一緒ならできたりすることもある。おたがいの良さや得意を引き出し活かしあったその真ん中に「みんなの場」が立ち生まれた。そして、場は続く。okatteにしおぎはそういう意味でいつまでも未完成なのだ。

 

【了】

文責:山下 ゆかり

(※)写真:砺波周平

*株式会社N9.5(エヌキューテンゴ):http://www.n95.jp/

山下 ゆかり

山下 ゆかり

シェアする暮らし歴10年以上、コレクティブハウス居住。はたらく3児の母(30代)。 「シェアする暮らし」について 人々が住まいの“常識”から解放されたとき、どんな世の中になっているかな。 参加プロジェクト コレクティブハウス聖蹟

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