西国分寺の駅から徒歩9分ほど、昔洋裁店だった面影を残す建物の1階に西国図書室はある。図書室と言っても公設のものではない。本好きな夫婦が自宅の一部を使って始めた私設の図書室だ。
思い起こせば去年の2月26日西国図書室のオープンの日、フェイスブックで情報を知り、興味がわいて行ってみた。その時にも室長の篠原靖弘さんと副室長の知花里華さんから、なぜ図書室を始めたのか、その思いをお聞きした。それから1年、西国図書室がどうなったか、改めてお話を聞きに西国図書室を訪ねた。
「住み開き」のために図書室を
きっかけは引っ越しだった。結婚以前からシェアハウスに住んでいたというお二人、残念ながらそのシェアハウスがなくなることになり、引っ越し先を探し始めた。その時に考えたのが、「何らかの形で『住み開き』ができる家がいい」ということだった。
「住み開き」(※)は家を無理のない程度に何らかの方法でまちに開くこと。室長の篠原靖弘さんが住み開きをしようと思ったきっかけは、NPOコレクティブハウジング社がコーディネートしていた松陰コモンズ(※)での居住経験にあった。築150年を超える古民家だった松陰コモンズでは、縁側もある20畳の大広間をまちに開かれた場所として、時には外部の人に貸し出しもしていた。この松陰コモンズでの大広間をまちに開いていた時の経験から、「家は閉じていない方がよい。何らかまちとつながっていた方がよい」という思いを持った。
引っ越しの話に戻すと、場所はお二人の職場との関係もあり、中央線と武蔵野線がクロスする西国分寺が有力候補となった。そして、昔は洋裁店兼住居だったというこの家(西国図書室本室)と運命の出会いを果たし、「昔、お店として使っていた1階部分をまちに開いて住める」ということで引っ越しを決めた。
※住み開き参考文献 「住み開き 家から始めるコミュニティ」
アサダワタル著、筑摩書房
※松陰コモンズ http://www.chc.or.jp/chcproject/syouin/about.html
図書室のはじまり
家が決まり、どのようにして住み開きをしようかと考えた時、「本が並べられるね」「じゃあ、図書室をやろう!」という具合に西国図書室の開室が決まった。そんなお二人は大の本好き。それぞれかなりの冊数の本を持っているが、それまでは本棚にすべてを並べるスペースがなく、多くがダンボールにしまわれていた。そのため、お互いにどんな本を持っているかをよく知らず興味もなかったが、オープンの前夜に図書室となる1階に用意した本棚にお互いに本を並べ出してみると、「人の本って面白いかも!」と感じたのだそうだ。お互いの本をどのような順番で並べるか、本棚の編集で盛り上がりながら「来てくれた人と本の並び替えをしたら面白いかも」とか、「来てくれた人、きっと借りたくなるよね」、「じゃあ、来てくれる人にはお気に入りの本を持ち寄ってもらって、交換で貸し出すことにしよう」というように図書室運営のアイデアが出てきた。
そのような一夜が過ぎ、西国図書室のオープン当日。室長、副室長のお二人が、僕を含め訪れた人たちと、「まちに開くといってもいきなり知ってもらうのは難しいから、まずは友達を誘ってそれから徐々にまちの人にも来てもらえたら」とか、「昔の図書館のように前に借りた人が誰なのか分かると面白いよね」、「西国図書室のしおりとかブックカバーとかがあってもいいかも」というような話をしていたことを思い出す。
「旅する本」が介する出会いも
この1年、西国図書室はどのような歩みを続けてきたのだろうか―。大きかった出来事は、昨年9月に国分寺・西国分寺行われた「ぶんぶんウォーク」。地域の皆で力を合わせて国分寺の「お宝」を再発見するという趣旨のイベントで、図書室オープン直後に知り合いだった西国分寺にあるカフェの店主が話を持ってきてくれた。このイベントに向けての準備が西国図書室の形を整えていくことにもなり、イベントを通して地元の人たちとのつながりができたことも貴重だった。
そのように整ってきた西国図書室のコンセプトは「本が旅する」。その仕組みはこうだ。まず自分のお気に入りの本、人にも読んでもらいたいお勧めの本を持ち寄り、自分が持ち寄った本と同じ数の本を借りることができる。自分が持ち寄った本は登録をし、「本籍証」というものを書く。本籍証には持ち主の名前、旅の期間(本を西国図書室に預ける期間で、期間終了後は持ち主に返却される)、本とのなれそめ、本のお勧めポイント等を記入する。これと、読んだ人が持ち主へのコメントを書く「旅の記録」の2枚の紙を、本の好きな所に貼って本の旅立ち準備が完了する。次に本棚に並んだ本を手に取り、本籍証や旅の記録も参考にしながら借りる本を決め、図書カードに記録してもらったらその本の旅がはじまる。
このようにして旅の準備ができた本は今年の2月時点で200冊を越え、累計で63冊の本が旅に出た。旅を終えた本は、いろいろな人の思いが重なり、一層特別な本として持ち主の元へ戻ってくる仕組みだ。図書室には本を携えて人が集う。最近では、ある人が本を借りようとした時に、その本の持ち主も来室していて、本談義に花が咲くこともあるようだ。
※ぶんぶんウォーク http://bunbunwalk.com/2012/
西国図書室のこれから
西国図書室は今、西国分寺・国分寺のまちに広がりつつある。今年の1月に西国分寺駅から徒歩1分にある「クルミドコーヒー」というカフェの一画に図書室用の本棚が置かれ西国図書室の分室ができた。今では本室だけではなくクルミドコーヒー分室でも本の登録をしたり、借りたりすることができる。本室で借りた本を分室で返すことも、その逆も可能だ。そして、2月には国分寺駅近くにある「キィニョン」というパン屋さんにも分室が誕生した。元々キィニョンには絵本が150冊ほどあり、月に1回ほど絵本の読み聞かせを行っている。その絵本を西国図書室の本として登録し、そこに本室から持ってきた本を加えてスタートした。クルミドコーヒーもキィニョンもそれぞれ客として単にコーヒーを飲んだり、パンを買ったりするだけでなく、そこに本を持ち寄ったり借りたりすることで、店への愛着が増して店が自分の暮らしにより近づく、そういう感覚になることを期待している。
本室は篠原さんご夫妻の仕事が休みの日曜日が開室日であるが、分室はお店の定休日以外は平日も空いているので、日曜日に本室に行けない人でも分室を利用することができる。本室と分室がそのような補完関係にもなっている。
今後、西国図書室をどうしていこうか―。最初は夫婦二人でスタートした図書室であるが、最近は図書室の常連さんやぶんぶんウォークでつながった人が集まって月に1回、作戦会議が開かれるようになった。会議への参加人数は15人を数える。作戦会議では先日第0号が発行されたメルマガの内容を検討したり、本室を使ってイベントの企画をしたりしている。
※クルミドコーヒー http://kurumed.jp/
※キィニョン http://www.quignon.co.jp/
「住み開き」から「まち暮らし」への可能性
篠原さんご夫妻のお話しをお聞きして特に印象に残っているのが、「まちに暮らす」「まち暮らし」というフレーズ。自宅を図書室として住み開きしてまちとつながった暮らしをしたい。そういう思いから始まった西国図書室が本室だけでなく分室もでき、まちの人も巻き込んだ作戦会議も始まり、徐々に西国分寺・国分寺のまちに広がっていっている。
そうした中で、自分で住み開きができなくても本を持ち寄って西国図書室を利用することで、住み開きのエッセンスを得ることができる。すなわち、1冊の本で「まち」や「まちに住む人たち」とつながることができ、自分がこの「まちに暮らしている」ことをより強く実感できる。
僕は西国分寺に住んでいるわけではないが、西国図書室の本の旅を楽しみながら「まち暮らし」を実感してみたい、そう思った。
【了】
文責:高取正樹