大屋根の下で紡がれはじめる人と人と家の時 ~紡ぎの家大島

自分をいかし、まわりをいかし、お互いの可能性を重ね合う持ち寄り型の暮らしづくりを「シェアする暮らし」と銘打って、当サイトでいままで取り上げてきた数々のプロジェクト。その多くはそれぞれに十分な実績を伴うもので、これから身のまわりの関係づくりを始めようとする方々にとって、いわば模範となりえるようなもの。

 

そんな中、今回とりあげるのは、まさにこれから立ち上がろうとしているプロジェクト。またひとつ、シェアする暮らしが生まれようとしている現場を訪れた。

 

代々を見てきた大きな古民家

 

埼玉県北足立郡伊奈町。都心のベッドタウンとして上尾市の隣に位置し、子育て世帯や学校も多い文教地区でもある。ここで築180年の古民家を再生しつつ、訪れる人の心のよりどころとなるような場づくりを目指す取り組みが始まろうとしている。

 

紡ぎの家外観

今回の舞台となる築約180年の古民家

 

駅から少し離れるとのどかな田園風景も現れる場所にあり、約1000坪というゆったりとした敷地の中で、天保という時代からこの場所を見つめてきた大きな家。もともと一帯は田畑が広がり野菜や果樹栽培が盛んだったようで、この家を代々守ってきた大島家も昔は養蚕業を営み、ここは製糸工場でもあったとのこと。そんな由来とともに、ここに来る人たちがともに幸せを紡ぐように、という願いを込めて「紡ぎの家」と名付けられた。

 

玄関を入ると、足元には改修工事のためすでに床板がはがされ現れた土間。見上げれば、長い年月を経たことが一目でわかる黒々とした梁と、天井や屋根に覆われた空間が広がりそこには民家特有のゆったりした時間が流れている。

 

紡ぎの家内観

大広間はコミュニティカフェとして再生される予定

 

19代続いた家系の現在の主であり、今回の「紡ぎの家 大島」の発起人・代表である遠藤玉江さん。この家で生まれ育った彼女であるが、若いころはこの古くて暗い家がイヤだったという。家族への反発も重なり、大学進学時にはわざと遠くの学校を選び、それを口実に家を出たほど。そんな遠藤さんが、この家を再生し、コミュニティの場とすることに決めたのはどういう理由なのか。

 

福祉の現場を通じた経験から

 

家を出るために名古屋の福祉系大学に進んだ遠藤さん、在学時から養護施設や児童相談所等で子どもと接する機会を持ち、今でいうフリースクールで不登校の子どもたちと寝起きを共にするボランティア活動を経験したことが相談の仕事にのめり込むきっかけとなった。以後、中学校の相談室、母子福祉センター、家庭児童相談室、犯罪被害者援助センターといった福祉の相談業務現場を歩み続ける。

 

そんななかで、30代半ばに親に呼び戻される形で現在の旦那さんとともにこの家がある実家に戻ることに。この場で子育てや年を重ねることで徐々に「家を継ぐ」という意識が芽生えるとともに、仕事を通して得た経験の活かし方をぼんやり考えていたそう。

 

多くの人がぼんやり考える、というところで終わることも多い中、遠藤さんが違ったのは、自分の考えを周囲の人に機会があるごとに話してみたこと。そんな遠藤さんの話を聞いた人は、みんな不思議とキラキラとした表情になって「ぜひ実現して!」といってきたのだとか。

 

周囲の反応にあと押しを感じながら、仕事から退くのを契機に、この家を生きづらさを抱える人を迎え、その悩みに寄り添う拠点にするとともに、もっと当たり前に人が関わりあえるコミュニティの場として再生をしようと、意志を固めた。

 

説明会2

説明会等で遠藤さん(左端)は家の由来や紡ぎの家への思いを話しながら案内する

 

だれかの、なにかの役にたてる関係

 

紡ぎの家のテーマの一つに「居場所と出番」というものがある。

 

コミュニティカフェを併設することで気軽に来られる居場所を確保すると同時に、ここに来る人が、個人の特技を生かした教室などが行えるようスペースの貸し出しや、農作業も行えるよう農園としての整備も考えている。「自分でも誰かにとって役に立てる」、そんな気づきの機会を持てるようにという想いからだ。だから、すでに一人前にやれる人ではなく、むしろプロを目指す人など、これからの可能性を模索している人に来てもらいたいのだそうだ。

 

「人とのかかわりを通して強く感じることは、たった一人でもいいから誰かの役に立ち、たった一つでもいいから何かの役に立っていると実感できたら、人は孤独を感じることなく、前を向いて歩いていけるのではないか」と遠藤さん。

 

「役に立つ」という他者への貢献の意識は、相手だけでなく自分も人との関係に紐づけることになる。それは特別な技能ばかりではなく、相手の話をゆっくり聞いてあげるといったことも含んでのことだろう。

 

命は宝

 

そして、紡ぎの家のもうひとつのテーマが「命は宝」。福祉の世界や身近な場面で、時に直接的・間接的に、自らの命を絶つようなケースにも接してきた遠藤さんが信念として持つものだ。

 

生と死のはざまに立つ人にとって、ほんの些細なきっかけでも生の側に転んでくれたら。もしかしたらここをそんなきっかけの場にできるかもしれない。この場所が病院でもカウンセリングルームでもなく「家」であることで、普通に立ち寄れる場となるのではないか。そう考えている。

 

遠藤さんは言う。「家というのは目的を決めませんよね。特別な目的を設定するのではなく、日常の中で関係性が育まれ、その中で自然と人が生きていける場として、家という環境が合うんじゃないか思いました。」

 

IMG_1907

工事中の土間で行われた実行委員会  左奥 角谷さん

 

すべては人との出会いから

 

遠藤さんの想いが出発点ではあるものの、これほどの規模、一人で何とかなるものではない。すでに周りには遠藤さんの思いに共鳴し志を共にできる仲間が集まりつつある。

 

そんな仲間のひとり、角谷聡子さんは教育という職場を通して、人にかかわる仕事をしてきた。彼女も仕事やプライベートにおいて生きづらさを抱え、また生きづらさを抱えた人々に出会い悩んだ経験を持つ。そんな日常から逃れるように、気の赴くままに以前からその雰囲気が好きだった古民家に関心を持ち、古民家関連のワークショップ等へ参加を重ねるなか、事業を立ち上げようと決めた。そうして物件を探していた折、偶然人から引き合わされて遠藤さんと出会うことになる。

 

遠藤さんの人柄と古民家のもつ雰囲気に惹かれ、根底に持つものに共鳴するように「ほぼ勘で!」という勢いで、遠藤さんとともにこのプロジェクトを立ち上げた。今春から始めた実行委員会をつくるまで、一年半もの時間をかけて遠藤さんと互いの想いを共有しながら計画を練っている。この出会いがきっかけで教職を辞して、現在は作業療法士の資格取得を目指しているそうだ。

 

偶然出会った遠藤さんと角谷さんだが、人に向き合う仕事を経験されてきたお二人の、人に対するあたたかいまなざし。それはこれから加わる人たちにもきっと通じていくのだろう。

 

実行委員会お菓子

実行委員会の参加者さんによる手作りケーキ

 

ゆっくり広がる実行委員会

 

紡ぎの家は現在、ほぼ1か月ごとに実行委員会が行われ、参加者4名だった第1回からすでに4回、口コミやフェイスブックでのつながりから、時には10名が参加するまでになっている。中心的に動く運営委員も遠藤さん・角谷さんのほか、すでに地元の2名の方が加わった。

 

実行委員会では運営の在り方や現状・今後のことについてオープンに意見が交わされる。時には手作りのお菓子や麦茶などが持ち寄られ、初対面の人が多いにも関わらず雰囲気はアットホームで温かい。参加者それぞれが、ある人はパソコンでWEBサイト制作を引き受けたり、別の人は自分の特技を生かした教室を行う予定でいたりと、自分のできることでこの場を活かしていこうという認識も強く感じる。みんなが自然と何かをしたいと思える場だ。

 

今はまだ、がらんどうとしたこの大きな古民家。建物はそこに人がいることで命が吹き込まれ、生かされていく。

 

四季折々の花や作物の育つ敷地にあり、いくつもの世代を超えてそこで生活する人々の屋根となってきた家の持つ力と、遠藤さん・角谷さんはじめそこに集う人の気持ちが合わさり、人と人、人と家の関係が徐々に醸成されていく、そんな場になりそうだ。

 

そんな紡ぎの家は、まだ始まったばかりのプロジェクト。家の大部分を占めるコミュニティカフェの在り方なども今後試行錯誤しながら形作られていくだろう。ここでは、そんな過程をともに楽しみながらこの場をつくっていく仲間を求めている。【了】

 

文責:山口 健太郎

山口 健太郎

山口 健太郎

建築学科の学生時代から、人がつながることに関わりつづける。建築設計・不動産といった単なるハコモノづくりにとどまらない、人がより楽しく、豊かになるための場を創るために模索中。“予定不調和”な人生を送りたいと思う一児の父。

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