巨大団地をつなぐコミュニティカフェという試み ~左近山団地あんさんぶる

 

広場に面したコミュニティカフェ「あんさんぶる」

 

二俣川駅からバスに乗ること約5分、6つめの停留所をすぎると両側の車窓が中層住宅のならぶ団地の風景に変わる。

 

ここは横浜市旭区にある左近山団地。バス停だけでも団地内に6つもある、分譲・賃貸合わせた総世帯数4,810、総人口約9,800人(平成23年現在・横浜市統計)の巨大団地だ。40年という歳月を経て、住む人が変わり、世の中も変わっていく。高齢化など、団地としての避けられない課題も散見されるという。

 

バスを降り、山を切り開いた道路から階段を上がると、すぐそこにこぢんまりとした広場が見えてきた。広場を囲むように商店やスーパーが並ぶ。シャッターが降りている店舗もあるが、広場では子供たちが元気よく遊び、若い女性もちらほらと見かける。意外にも、想像していた高齢化の深刻さは、あまり感じられない。

 

そんな一角に今回訪れたコミュニティカフェ「あんさんぶる」はある。すでに中では近所の方が集まって、歌声喫茶が開かれていた。

 

外で終わるのを待っていると、元気なおばちゃんがコーヒーとケーキを持ってきてくれた。「店員さんですか」「いや~、ちがうわよ!たんなるおばさん。」どうやら面白い場所みたいだ。

 

参加者がもちよったケーキとラスクを出してくれた

 

 

巨大コミュニティをどうつなげるか

 

あんさんぶるを作ったのは、建築士でもある中村和彦さん。建築の仕事をしている人の多くは、建物だけはなく周辺の環境や人との関係を考える視点を日常的にもっていたりする。

 

ご多分に漏れず中村さんも、この団地の行く末を憂慮し、自身おひとりで一念発起、このコミュニティカフェ「あんさんぶる」を始めたのだそうだ。そもそもコミュニティカフェとは単なる飲食店ではなく、さまざまな人が関わることを前提にした、みんなのたまり場や居場所のこと。そんな場所を運営することで、地域のつながり方が変わってくれればという思いをこの場所に込めたのだ。

 

ところが始めてからだんだんと、この団地の人たち自身にコミュニティへの期待感が薄いということが分かってきた。団地内住む人同士の関係ではなく、外にすでにある関係、例えば親・子供・友人などに頼りがちなのだという。

 

それでも、人間は老いてもくるし、子育てなど、住んでいる身近なところでコミュニティの必要性を感じるシーンはあるだろう。「困っているひともいるはずなんだけど、それを表に出さないんですよ」と中村さん。確かに、日常的に関係が出来ていない近隣の人に、何か困ったことがあったときだけ声をかけるというのはなかなかできないものだ。

 

東日本大震災の時も、建物の上階に住む人たちは学校に避難もした。しかし、住まい自体に損傷がないことを理由に、ほどなく自宅に帰らされてしまったという。そんな人たちが身近な場でのつながりがない中、自分たちの困難な状況を外に出すこともできず、じっと耐えていたという状況は想像に難くない。

 

団地内でのコミュニティが希薄、そのため困難を外に出せない、出せないから個々で引き受ける、そしてコミュニティへの期待もさらに失われていく。そんな悪循環のなかで、中村さんは当初思い描いていた、コミュニティの起点としてのあんさんぶるの在り方に行き詰まりを感じていた。

 

あんさんぶるはガラス張り。広場から中が見える

 

 

「コモンミール」との出会い

 

コミュニティカフェを始めて2年目。なかなか成果が見えにくい毎日。そんな悶々とした状態でいた頃、北欧発祥の食事を作りあう仕組み、コモンミールというものを知る。ここでは参加する人が日ごとに担当を決め、担当になった人は自分以外の人のためにも食事を作る。

 

食事という日常的な行為が団地に住む人たちを日常的につなげるきっかけになるんじゃないか。そう思って、コモンミールの実績を持つNPO法人コレクティブハウジング社と一緒に検討を重ね、さっそく試みてみることにした。

 

題して「サザエさんちのような夕食をつくって食べる会」。

 

チラシを6000枚も刷ってポスティングしたり、知り合いに声をかけたりして、地道に参加者を集めた。定期的な説明会やお試しコモンミールなど、ゼロから参加者が関わりながら、ルール作りも含めて検討していった。

 

今晩の献立は、ひつまぶし、きゅうりの酢の物、あさりのすまし汁

 

 

ひとつひとつ作り上げる、仕組みと関係

 

今日、このコモンミールに集まった人たちに限っても、顔ぶれは多世代にわたる。

 

団地の住人であり、あんさんぶる常連のおばちゃんや、同じく常連のおじちゃん。昼間は市議会議員事務所で働くサラリーマン。
元々は団地の住人だったお母さんは小学生の娘さんと一緒にわざわざ車で来たという。

 

今日の料理当番曰く「みんなで食べるのも大切だけど、この仕組みをどう運営していくのかを一緒に考えることも大切なんです。月一回の定例会では、おばあちゃんが議長をやることだってあるんですよ」

 

もうひとりの料理当番が帳簿兼用の記録を付けながら続く。「こういった書類も、どんどん改良していくんです。おじいもおばあも小学生も、みんなができるようにすることって、けっこう難しいんですよ。みんながパソコンを使えたらいいけど、そうもいかないですからね」

 

役割を当番制で回すことで、それぞれの得手不得手が次第に分かってくる。分からないことは教え合う。できないことは支え合う。そうやって、ひとつひとつ、丁寧に仕組みを作り上げてきたのだ。

 

寡黙だったおじいちゃんも一言。

 

「 オレはさ、料理はあんましできねぇからさ、料理当番はあんましやりたくねぇんだ(笑)。でもさ、食べたいからよ。菜っ葉切ったりはやるんだけどさ、それっくらいで。女が二人寄りゃあオレみたいな男の出る幕ねえんだよォ」そんなことを言いながらも、当番でもないのにちゃんと机のセッティングをして、椅子を動かして、自分にできることをやっている。

 

担当した会計をチェック中

 

 

一家団欒の秘訣は「きちんと言って、きちんと謝って、根に持たないこと」

 

食卓を囲んで、和気あいあいとしたおしゃべりが始まる。何が可笑しいのか、くすくす笑ってばかりの仲良し小学生2人。

 

「 ここでは、世代も違うし、仕事も違うけど、みんな友達のような関係なんですよ。同世代の友達が知らないようなことをご年配の方や小学生の子どもたちが知っていたりして、新しい発見がたくさんある。いろんな価値観に触れられるって、とっても楽しいことなんです」

 

それにしても、なんだか大家族みたいな光景だ。まさにコンセプトの通り、「サザエさんちのような食卓」が目の前にある。

 

「ここではね、好き勝手言えるし、きちんと言っていくの。ぐじゅぐじゅ言ったらぐじゅぐじゅ言われるんだからね。もしも傷つけちゃったら、きちんと謝る、そんでフォローもしてあげるんだよ。言われた方も根に持たないこと」と、元気なおばちゃんが、これ鉄則と言わんばかりに大きな声で教えてくれた。

 

その場に居合わせた一同、納得。

 

家族の団らんみたいな食事風景

 

10名に満たないメンバーからはじまった、ちいさな、ちいさな試み。オトナもコドモも、オンナもオトコも、時には作り手になって、集まってたべる。ただそれだけ。

 

料理教室と勘違いしてきた人もいる。男として、厨房に入れない、という人もいる。営業開始から見守り、支えになれば、という人もいる。自宅の外に食べにくるのが面倒だ、という人もいる。

 

いろいろな人が参加して、去ってもいく。それでも、集まり参加する人たちは、時間になると率先してテーブルを動かして、「この辺でいいかな」なんて自然に言い合ったりできる関係になる。もともとは見ず知らずの人たち、が。

 

つくって、たべて、はなして、かたづける。このシンプルな作業を通して、小さいけれど、ひとつひとつの関係性が、確かな足跡になっていく。

 

あんさんぶるの思いを語る中村さん(右)

 

 

地域の変化を受け止める存在に

 

中村さん一人の想いを起点に始まった、ここでの取り組み。それは、この大きすぎる団地の中でみれば、ほんとうに小さな種であり、厳しい環境に耐え、豊かに実をつける木になるにはまだ時間も必要だ。

 

少子化の影響で、地域の小学校も統廃合の方向で動いていくという。彼はそれを「黒船襲来」と表現する。学校跡地利用の問題などで、PTAをはじめ団地内の議論が巻き起こるなど地域意識が活性化することに期待をこめて。停滞した大きな存在を変革するには、時に大きな外的インパクトも必要だ。

 

小さなチャレンジとして変革に挑んだ存在は、今度は環境から求められる大きな変革を受け止める拠点として、確かな存在感を持つのかもしれない。【了】

 

文責:山口健太郎、古橋範朗

 

 

山口 健太郎

山口 健太郎

建築学科の学生時代から、人がつながることに関わりつづける。建築設計・不動産といった単なるハコモノづくりにとどまらない、人がより楽しく、豊かになるための場を創るために模索中。“予定不調和”な人生を送りたいと思う一児の父。

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