大阪発、地域を蘇らせるアメーバたち ~Salon de AManTo 天人

 

大阪「キタ」の中心地・梅田の喧騒な繁華街を抜けると、奇跡的に戦火を免れて残った古い街並みが忽然と現れる。肩を寄せ合うように立ち並ぶ木造長屋や、左から右に読む看板は、昭和にタイムスリップしたような錯覚をおこさせる。ここはレトロな街として若者に人気の中崎町。迷路のような路地を野良猫になった気分ですすんでいくと、「それ」はあった。築130年の長屋を一人の男が空家再生パフォーマンス*によって蘇らせたコミュニティカフェ「Salon de AManTo 天人」だ。

 

 

2001年から始まったこのカフェ、現在では30余名の日替わりマスターにより共同運営され、カフェで修業を積んだ若者たちが独立して、劇場・映画館・BAR・本屋・ゲストハウス・ラジオ局などさまざまな施設を周辺に拡大。これらのアマント系列店を核に、古民家を改装した店舗が中崎町に集まりはじめ、今ではその数100近くにものぼる。

 

錆びれゆく高齢化地域を若者と芸術コミューンへと見事再生した、仕掛け人・Jun氏。幼少より武道武術をたしなみ、スタントマンから大道芸人を経て、現在は主にダンサーとして世界を旅しながら活動する。「旅でお世話になった人たちを迎えられる場所をつくろうと思って」そうしてはじまったのがアマント。

 


昔の建物の佇まいをそのまま活かした店内。客層は老若男女と幅広い。

 

 

地域になくてはならない存在になる

 

とある水曜日の夕方17時頃の店内。がらっと勢いよく扉があいて小学生の男の子がはいってきた。

 

「りんごジュースくださいっ」

 

常連なのだろうか慣れた感じで店員さんとおしゃべりし、どうぞと差し出されるや否や一気飲みすると、氷を頬張ったまま「ありあほーごらいますー(ありがとうございます)」と、また外へ飛び出していった。あれ?お会計は?と呆気にとられていると、「うちでは小学生以下はジュース無料。2杯目はお手伝いしたらOKにしてる」とJunさんが解説してくれた。オープン当初からもう10年以上、告知もしていないのに子どもたちの口コミで代々「伝承」され続いているというこのシステム。なぜ、どんな想いではじまったのか。
「この地域は家賃が高くて両親共稼ぎが多い。小学生は学童が終わって帰宅しても家の人が帰ってくるまで1~2時間どうしても一人で留守番する時間ができる。でもこの辺りは梅田も近いから子どもには物騒な場所や誘惑も多い。親にとっては心配なんです」
つまり、地域のニーズなんだとJunさんは言う。
「学校帰りにランドセル背負ったままカフェに入るなんてもちろん学校でも禁止されているけど、父兄も校長先生もみんなが黙認してる。それってありがたいからなんです
一方で、ジュース代無料にしてまで子どもたちに場をひらくことは、アマントにとってどんな意味があるのか。

 

「自分たちは店子の身で賃貸でここを借りているだけだから、追い出されたらもうそれでおしまい。自分たちがここにいることがいかに地域に役立っているかということを具体的に示さないといけないのよ」 もともとは三代住まないと地元の人と認めてもらえないというような下町だ。単なる偶然のアイデアではなく、地域に溶け込む必要があることを十分に意識してのことなのだ。アマントはこの地に入れてもらったことへの恩返しに、隣近所の人に自分が何をさせてもらえるか、どんなことが役に立てるかを考えて実行してきた。初めから見返りなど期待せずに、まず先に与える。それが、結果的にアマントを成功に導いた最大の戦略ともいえる。

 

 

自らの能力で「稼がせる」が人材育成の極意

 

アマント本店は、アマントの理念に賛同した30余名の志をもった若手スタッフにより共同運営されていることは前述したが、なんと全員無償で働いているという。なぜか。実はその理由に、アマントの組織運営・人材育成の秘密が隠されている。

「スタッフは給料の代わりにアマントがつくった地域通貨がもらえることになっている。いまアマントグループには劇場あり、映画館あり、セミナールームあり、ゲストハウスあり、ポッドキャストの放送局あり…。つまり、大阪の北区という好立地に、これだけのさまざまな設備があるわけ。普通なら、何かアクション起こそうと思っても大きなイニシャルコストがかかるけど、メンバーはその地域通貨を使って各施設を無料で借りることができる。そして自分ができること、自分がもっている技術で、地域や周りの人に役立てることを考えればいいんだよって言っている」
何らかのイベントを企画すれば、一般のお客さんが来て現金の売り上げを稼ぐことができる。本店での仕事に敢えて現金報酬の形をとらず「自分の能力で稼げ、場があるんだから」とするこの人材育成の仕組み。さらに、プールされたアマント本店での人件費は、やる気はあるけどお金はないというメンバーへの独立支援や、独立したての軌道にのるまでのサポート時に出資している。

 

アマントに集まる若者たちはそれぞれが何かしたいという志をもってやってくる。そんな彼らに対してJunさんは、「ここで修行を積んで一人前になってから…じゃなくて、今の自分で人に役立てることをせよ、アクションを起こせ」とメッセージする。

 

この実践を通じた千本ノックで、メンバーは前述のような型を身につけていく。こうして、独立したいなと思う人がどんどんやってきて、ここで経験を積んで学んで、違う地で独立していく人もいるし、この周辺でグループ店として開業する人もいる。あるいはここで結婚して子ども産んで…となると、また街が活性化する。その循環。

 

 

「自分」「地域」「世界」を考えるビジネスを育てる

 

アマントグループが出資をして開業する場合には、自分のこと/地域のこと/世界のことという3つの要素が入っていることを条件にしている。どういうことか。
ひとつ例にとると、中崎町に自転車タクシーを走らせ、街のシンボルにしようというプロジェクトがある。フィリピンの貧困層から自転車タクシーをフェアトレードで個人輸入し、Junさんが胴元になってアマントの若手にレンタルし、彼らの現金収入の口にするというものだ。

 

二酸化炭素を排出しないのでどんなハイブリットカーよりもエコなのがよい。

 

そしてこのタクシー、地域のお年寄りは無料にするつもりだという。(実は今でも、アマントのスタッフはボランティアで町内の車椅子のお年寄りを買い物に連れて行ってあげている)さらに、自転車タクシーに1回乗ると苗木を1本買ってフィリピンに植林されることにしている。「酸素を吐くタクシー」というわけだ。このように、
自分のこと⇒日銭稼ぎ
地域のこと⇒街の新たなシンボル、お年寄りのためのインフラ
世界のこと⇒フィリピン、植林
と3つの要素がちゃんと入っている。特に、Junさんは普通だとどうしても抜けがちになる「世界のこと」という視点にこだわっている。
みんなのお役に立てるというのが商売の基本中の基本で、私がこれをやりたいというだけでは単なる自分のわがままだと思う
企画の段階で「これじゃあかんわ」「どこがだめなんですか」というやりとりを何回も繰り返して磨いていく。スタートしてからでも途中でこの3つが崩れてきたりするとその時点でプロジェクトはストップがかかり、再検討させる。

 

しかし、何も難しいことではないとJunさんは言う。シンプルに自分の近所の人が何に困っているか、どんなニーズがあるかを観察しているとおのずと世界がみえてくる。市場調査して世の中で今なにが流行っているかを知ったり、広告宣伝したりすることは、まったく必要ないのだ。

 

 

地域通貨の目的は、貸し借りの無限のスパイラル

 

アマントの地域通貨は紙幣ではなく通帳型。さらに2種類の通過を組み合わせて使っている。一般的な地域通貨をX軸として貨幣の代替として使うが、Y軸にはコミュニティに対する貢献を称えるスペースが設けられている。そうするとX軸とY軸でその人の座標ができ、関数が生まれる。それがその人の人柄であり信用になる。

お互いに表を積極的に見せ合っている。

 

Y軸はどうして生まれたのか。Junさんが地域通貨について海外で勉強して中崎町で導入しようとしたとき、町内のお年寄りにまったく通用しなかったという。
「彼らがアマントのスタッフたちに食べ物もってきてくれたり、いろいろ教えてくれたりするのは、何の見返りも求めていない。それなのに「ありがとうございます。お礼に地域通貨で○○ポイントあげますね」と言ったら「わしゃこんなもののためにやってるんと違うわい!生意気や」って怒られた。そのときにつくづく、地域通貨という考え方自体が西洋からきているもので、結局『みんなでつくろう物欲の輪』っていうところから逃れられていないんだな、と気づかされたよ」

 

自らの意志でやってあげたことでありがとうと言われて今日は幸せだったな、今度何かあったときには自分もやってあげよう、そう思うこと。その場その場で、恩を金銭で清算してしまわないこと。貸し借りが永遠にまわっている状態、それが「絆」といえるのではないだろうか。

 

 

中崎町発・アジア、世界へ

 

最後に、コミュニティのある暮らしをしたいと思う人へ向けてアドバイスを求めた。
コミュニティっていうのはどこかに既にあるものを手にいれるようなものじゃなくて、実は、自分がいる場所をそうしていくことなんです。つまり、まず自分からコミュニケートすること。そうすればそこにコミュニティが生まれる

 

さらに、これからの展望は─。
「アマントをフランチャイズ展開しないんですかと聞かれることもあるけど、そういうことはまったく考えていない。この地域でこそできることをできるだけ小さくやることで、早く結果を出すことが大事だと思っている。やりたい人がいるなら真似すればいいと思う。ぼくらのやっていることがもし本物なら、『アマント方式』は勝手に広まっていくはずだから」
実際近年では、アジア(環太平洋地域)の文化や身体性に合ったコミュニティ運営の成功事例として、ぜひアマントから学びたいと韓国やフィリピンなどアジアの国々からの視察や相談が増えているという。

 

そうしたフォロワーのためにも、これまで培ってきた独自の組織運営のありようを体系化し、またこうした国内外の来訪者との対話を通じてさらに磨いていくことが目下のテーマだ。
「これが確立すれば今一番環境を破壊しているワンセンターの西洋社会にも輸出できる教育メソッドになりえる」と信じている。
さらに広がるアメーバ組織・アマントの動きにますます目が離せない。【了】

 

文責:山下ゆかり

 

* ごみゼロ・費用ゼロのポリシーで行った「空家再生パフォーマンス」。大工は雇わず見よう見まねでセルフビルド。抜いた釘さえたたいて使い、もともとあったものを全て再利用してカフェに蘇らせた。「改装パフォーマンス」の看板を外に出し、通りすがりの人たちがおもしろがって冷やかし手を貸しするにまかせながら作業を進めていった。完成までの2カ月半の来場者はのべ1127人、総工費はゼロ円、足りないものは地域からの提供された不要品や粗大ゴミを取り込んで関わった人みなでデザインした。建築専門家から「アマント方式のリノベーションは地域レベルではゴミが減っている」と評される。

 

 

山下 ゆかり

山下 ゆかり

シェアする暮らし歴10年以上、コレクティブハウス居住。はたらく3児の母(30代)。 「シェアする暮らし」について 人々が住まいの“常識”から解放されたとき、どんな世の中になっているかな。 参加プロジェクト コレクティブハウス聖蹟

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