誰でも立ち寄れる空間に
富山県の高岡市に「ひとのま」というコミュニティハウスがあると聞き、かねてから行ってみたいと思っていた。利用料は1日300円。フェアトレードコーヒーや無農薬の紅茶などカフェメニューも充実していて、ランチもあるという。2012年も残りわずかとなった12月の土曜日、高岡市にある一軒家を訪ねてみた。
対応して頂いたのは、ひとのまの共同代表である「宮田隼」さん。
大学卒業後、愛知県内での学習塾勤務を経て、高岡で学習塾を独立してはじめ、その後「ひとのま」を作ったとのこと。突然の取材依頼にも、快く対応してくれた。そもそも独立する動機は何だったのか聞いてみた。
「学習塾をやっていたとき、不登校の子供たちに勉強を教えたり、興味があることに一緒に取り組んだりしていた。でも、何かが違うと思った。そういった子供たちに本当に必要なのは『社会とのつながり』ではないのか。そう思い、日常的な社会との交流を目指して、一軒家を借りてはじめたのが『ひとのま』でした」
こども同志の「つながり」が確保されている場所
土曜日の午前中にもかかわらず、多くの子供たちで賑わっている。みんな携帯ゲーム機を握りしめ、一生懸命にゲームに興じている。さすがに寒いので外で遊んでいる子供はいない様子。部屋の片隅で肩を寄せ合い仲良く遊んでいる子供たちも。
話を聞いてみると学校に行っている子供と不登校の子供が一緒に遊んでいる。どういう境遇でも子供同士のふれあいができるこの空間が、とても貴重なのではないだろうか。不登校になってしまうと、自分の中に閉じこもりがちになり、他の子供とも触れ合いがなくなると思っていたが、こういう場所があることで少なくとも子供同士の「つながり」は確保されているのではないかと感じた。
かたわらで、クリスマスツリーの組み立て・飾り付けの準備をしている子供も居た。そのクリスマスツリーだが、見知らぬ誰かからの貰い物なのだとか。「朝ここに来たら、玄関先に置いてあったんです」と宮田さん。組み立てると1メートルはあろうかという立派なもので、まだまだ現役で活躍できそうな品物だ。その他にも部屋に置いてある書籍やテレビ、ストーブなどほとんどの品物は貰い物で賄っている。いろんな形で支援してもらえるのは、ひとのまの取り組みが地域に認められた証なのかもしれない。
地域に受け入れられるまでの道のり
今ではすっかり地域に溶け込んでいるように思えるのだが、ここまで至るにはかなりご苦労されたに違いない。近所の動向には敏感に反応する地方都市で、こういった取り組みを始めるのは容易ではなかったと推測されるが、そのあたりの課題はどう乗り越えてきたのだろうか。
「最初は明らかに宗教と間違われました。二人とも九州出身で、富山でなにをやっているのかと言われました。でも、そこでくじけずに信念を貫き通しました。圧倒的に自分たちは面白いという自信がありましたし。地域のイベント等にも積極的に参加し、司会も引き受けるなど、こちらから地域社会に向けて飛び込んでいきました。」
だいぶ理解してもらえるようになってきたが、施設運営をしている人からは責任の所在が曖昧といわれて非難されることもまだあるという。
その一方、近所にはひとり暮らしの高齢者も住んでいて、雪かきを進んで引き受けるなど、地域に受け入れられる努力も続けており、地元の人からは「あなた達のおかげで元気になった」と言われることも。
誰でも「イベント」主になれる
自由にイベントを開催することもできるのが、この場所の特徴だ。誰でも手を挙げてイベント主催者になることができるのである。壁に掛けられている特製のイベントカレンダーには、たくさんの人からイベントの提案が書かれていた。どれもなかなか興味深く、実際に参加してみたいと思うものばかり。
ここに書かれたイベントについては、ひとりでも賛同者が居れば開催するルールになっており、これまで数多くのイベントが開催されたという。その中でも宮田さんが意義深いと思ったものを聞いてみた。それは、発達障害に悩む人が、自分の症状が周りに理解されないという経験を語りたいというものだった。イベントは実際に開催され、「発達障害を考える会」を月に1回開催するようになった。同様に「うつ」についても理解を深めてもらうべく勉強会を開催したこともあるとのこと。ほかにも、面白いところでは、どうしても異性にモテない人が「恋愛講座」を開きたいと申し出て、モテる人が賛同し、恋愛道場を開いたこともあるとか。
富山は異業種交流も盛んな土地柄だと言われているが、そこまでたどり着けない人も多くいて、いろんな人とつながりたいけど、異業種交流会への参加は難しいという人が集まって「役に立たない人の会」という会を結成し、定期的に飲み会を開催してゆるくつながったりしているとの話も。
その他にも、月に1回、近所の人の飲み会の場所にもなっていて、多くの人でにぎわうスポットでもある。地元の運動会などにも積極的に参加していて、地域に密着した活動を展開している。
イベントのない午後のひと時には、一人暮らしの老人が、裁縫しているところに、不登校の児童がご飯作ったりお茶を運んだりしていることも珍しくないという。年齢も属性も多種多様な方が参加されている。こういった取り組みも、いろんな人から支援される理由なのかもしれない。
今回、訪問させていただいたのが土曜日の午前中ということもあり、楽しく遊んでいる子供の姿しか見ることができなかったが、平日の日中は子供に代わって地域のお年寄りの方が多く訪れると伺った。子供から大人、そして年配の方まで、誰にでも開放されている空間であり、それぞれの立場で自由に活用できるというのはとても素晴らしいことだと思う。学校・職場・家庭など普段のつながりを超え、属性を超えた人との新たなつながりの重要性を感じることができたと思う。
宮田さんの言葉が印象に残ったので紹介したい。
「こういう場所を作るのは特別な人っていう思いをなくしたい。僕らは専門家でもなければお金持ちでもない。モノはありませんというと、モノは自然と集まってくる。人の交流がしたいと言えば、自然と人も集まってくるんです」
名前にもあるように、人と人をつなぐ「ひとのま」という素敵な空間が、これからどのように展開していくのか。ここでつながりを得た人たちが、どのようになっていくのか。今回の訪問ではまだまだその一端を垣間見ただけなので、また機会を改めて、もっと違った「ひとのま」を体感してみたいと思っている。
【了】
文責:丸本康博