京王線聖蹟桜ヶ丘駅から歩くこと5分ほど。駅前の喧噪から離れた静かな住宅街に今回の取材先であるコレクティブハウス聖蹟はある。オープンして2年、まだ新しいその建物は周囲の街並に少しずつ馴染んできている。
一般的な賃貸住宅と同様、ここでは20戸の独立した専用住戸に、それぞれ居住者が住んでいる。ただ、ひとつだけ決定的に違う点がある。ここに住む居住者は、コモンスペースと呼ばれる共用スペースや屋上菜園などをシェアし、”一部”共同生活をしているのだ。
「シェアハウス」という住まい方なら、最近ではもう珍しくなくなった。でも「コレクティブハウス」については、まだ聞き慣れない人も多いのでは?ここで繰り広げられている暮らしとは、一体どんなものなのか。シェアハウスとの違いはどのあたりにあるのか。今回の取材では、コレクティブハウス聖蹟を代表して3人の居住者の方々に協力をお願いし、その暮らしぶりについてのインタビューをさせていただいた。
手づくりのコーヒーとお菓子
エントランスから中に入ると、キッチンと食堂がある広々としたカフェのようなスペースが目に入る。「コモンスペース」と呼ばれる居住者の誰もが使える共用部分だ。
「どうぞどうぞ、お入り下さい」。今回、取材をお願いしていたMさんが、キッチンでコーヒーとお菓子の準備をしてくれていた。肩の力が一気に抜ける。
コモンスペースのダイニングでは、子どもたちが追いかけっこをし、それを見守るお母さんは、ご年配の男性と立ち話。
キッチンの中では、居住者の1人が15人分ぐらいのカレーを調理している。
「このあったかい雰囲気はなんだろう。 新しいような懐かしいような・・・」
そこに流れている空気は、自分の知っている一般的な賃貸住宅や分譲住宅のそれとは明らかに異なっている。
ここで暮らしはじめたきっかけ
日本では、コレクティブハウスというのはまだ数えるほどしかない。そこに住んでいる人となると、世の中ではまだまだ希有な存在ということになる。そもそも、コレクティブハウスの住人の方々は、どのような経緯でここに住みたいと思ったのだろうか。
「大変そうだけど、面白そう」単身居住 60代女性Mさんの場合
「もともと、息子2人が結婚して家を出ていき、一人暮らしをしていました。気楽だし、それはそれで楽しめていたんです。でも、ずっとそれが続くとはやはり思えなかった。そんなとき、昔何かで目にしたコレクティブハウスのことを思い出して。興味が出たら一直線。ありとあらゆる情報を集めました」
居住者よりも詳しくなったというMさん。情報を集めた後は 、住むことにさほど大きな迷いはなかったという。
「大変そうだけど、面白そうという好奇心の方が強かった。人生の中でそういう時期があったっていいのかもという気持ち。息子2人やお友達は心配したけれど(笑)。賃貸住宅ですから、あまりにも大変だったら出たらいいかなという気楽さもありました」
「一から全部、居住者で決めていく感じ」ファミリー居住 30代男性Yさんの場合
もともとは同世代7人でシェアをしていたYさん家族。「同世代のシェアも楽しかったんですが、境遇が似ていてその気持ちがわかる分、良くも悪くも馴れ合いになってしまう部分も多かった。。例えば、仕事が忙しくて当番の掃除をしなくなったりとかね。それが少しストレスになることもありました」
息子さんの小学校入学をきっかけに引っ越しを検討。「妻がコレクティブハウス聖蹟の情報をどこからか仕入れてきたんです。まずは、ハウスづくりのワークショップ※に参加しました。何度か参加しているうちに住みたくなっていましたね(笑)。印象的だったのは、家具や食器選びのワークショップ。みんなとても楽しそうだったし、僕も楽しかった。住む人たちが自分たちの暮らし方を一から全部決めていく感じがいいなと思いました」
※ハウスづくりのワークショップ
コレクティブハウスは設計などの段階から、居住希望者を募る。
集まった居住希望者は、建設段階から庭のガーデニング設計、コモンスペースの家具選び、暮らし方のルールづくりなどについてのワークショップに参加する。もちろん、途中で参加をやめることもできる。ワークショップを主催するのはNPO法人コレクティブハウジング社。
「一人の時間も大切にできる」単身居住 40代女性Fさんの場合
「隣の人も分からない一人暮らしの生活に思うことがあって、引っ越しを考え始めました。でも、シェアハウスはプライベートがなくなる感じがして少し抵抗があったんです」とFさん。
そんな中、NPO法人コレクティブハウジング社の活動を知ったFさんは、居住希望者の会に入会。コレクティブハウス聖蹟に空室が出たことを知り、見学会に参加する。
「見学に来たとき、すぐに住みたいと思ってしまいました。多世代の人たちが住んでいることも魅力的だったし、 庭や屋上菜園、コモンスペースは一人暮らしでは実現できないものですよね。また、一人の時間を大切にしたいと思ったときに
自分の部屋で生活を完結できるこの生活はいいなと思いました」
3人のお話を聞いてみて感じるのは、家を交通の利便性や間取りといったスペックだけでは捉えていないということ。
それでは一体、コレクティブハウスでの暮らしというのは、具体的にどのようなものなのだろう。
1人よりおいしく感じるコモンミール
食べると言っても、みんなで一緒に外食しにいくのではない。コレクティブハウス聖蹟には、「コモンミール」と呼ばれる当番制で食事をつくり合う仕組みがある(今回は、役得ながらコモンミールもご一緒させていただいた)。
「住み始めて一番印象的だったのが、みんなで食べるコモンミールでした。すごい温かみがあって、味はもちろん、それ以上に美味しく感じるんです。同世代でシェアしていた頃は、”みんなで集まって”ということはあまりなかったかもしれません」とYさん。
「お当番の人たちはおしゃべりしながらつくって、食べる人たちはごはんを囲んでゆっくり会話を楽しむ。食べるというのはきっと生活と一体なんですね」とMさん。
同じ「食べる」ということで言えば、外食でいいじゃないかと思ってしまうかもしれない。でも、コモンミールは「消費」としての「食べる」ではなく、コミュニケーションとしての「食べる」、つまり食卓なのだということを、一緒に食べながら思う。
「味をみて、誰の味かが分かるようになりましたよ」とYさん。「料理の献立を見たら、大体誰か分かるわね」とMさん。「野菜たっぷりは、Jさんですよね」とFさんが続く。それぞれ、みんなの好き嫌いもよく知っていて、この日はエビ抜きのカレーが1食分きちんと用意されていた。食べる側だけではなく、 つくる側にも回るからこそ、お互いの気持ちにちゃんと寄り添うことができる。
「ごちそうさまでした!」
食べ終わったあとは、みんな自分の食器をきちんと台所へ持っていく。椅子を引いて、テーブルを拭いて―。小学生からご年配の方まで、みんなで後片付け。外食ではこうはいかない。
「見えないつながり感」ができるまで
当然のことながら、居住者はあかの他人同士。単身居住からカップル、子どものいるファミリーまで居住形態もさまざま。さらには、0歳から70代まで多世代にわたる人たちが一緒に暮らしている。
価値観も人それぞれ。当然、ぶつかることだってある。 そんなとき、居住者のみなさんはどうしているのだろう。
「最初は、お互いの気持ちが分からないから、とても気を遣いました。それでも少しずつ、話し合いを設けたりしながら、意見を交換し合うようにしてきたんです。2年間積み重ねてきて、今は自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになりましたね」とMさん。
例えば、和気あいあいと楽しそうにはしゃいでいる子どもたち。「親は元気で良いと思っていても、誰かにとってはうるさく思えてしまうことがありますよね。そういうことに、親自身は気づけないこともある」とYさん。
同じ事柄でも、立場や価値観が違えば見え方も変わってくる。10人いれば10通りの意見があっておかしくない。
それって話し合いで解決できるようなものなのか、という疑問が湧く。
「一つの結論にみんなが賛成する必要はないんです。一つの答えが出ることの方が実は少ない。みんながどう思っているかどうかが分かること、自分がみんなとは違うんだと分かること。たとえ結論が出なくても、お互いの意見を共有し合うことが何より大切なんじゃないかと思いますね」とFさん。
どうせ分かり合えないのだから、言わない方がいい。そう考えてあきらめることだってできる。その場を丸く納めるためなら、その方がむしろ簡単だ。でも、どうやらここでは違う。話し合いを重ねることで、一人ひとりの価値観を知ろうとし、違いを受け止めようとしている。相手の意見やそこに込められた思いを、自分のそれと同じように大切にしている。
「ここには『見えないつながり感』があるんです。家族でも、友達でも、他人でもない」とYさん。それをつくっている要素のひとつは、お互いを思いやり、大切にする、心のつながりのことなのかも知れない。
変わり続けるコミュニティ
コレクティブハウスは分譲住宅ではない。途中で出て行く退去者もいれば、途中から入ってくる居住者もいる。「途中から入居した身としては、とにかく馴れるのに必死でしたね。それでも、コモンミールの食事当番だけはなかなか慣れない(笑)自分がつくったものをみんなが食べるなんて考えただけで恐怖じゃないですか」とFさん。
これには自分も全く同感だ。今から入居するとして、受け入れてもらえるのかどうか、やっぱり不安な気持ちになる。
ましてや食事当番だなんて。「みなさんそう仰るんですが、結局みなさん料理上手なのよ」と笑顔のMさん。「途中から入ってきた人の不安感を和らげてあげたいという気持ちは、みんな持っていると思いますよ」とYさん。新しく入居する人たちにも、温かな気配りと思いやりをもっていることが言葉の端々から伝わってくる。
中でも、特に印象的だったのは「(新しく入居される方について)だって受け入れざるを得ないですもの」というMさんの言葉。決してあきらめの思いからではない。自分もここに居させてもらっているという気持ち、次に入ってくる人たちの価値観を受け止めようという気持ちが表れた言葉なのではないかと思う。
自分たちのコミュニティに自分たちのルールをつくって、そのルールに従う人だけをコミュニティの参加者として認めるというのは、とても簡単なこと。
でも、 コレクティブハウス聖蹟はそうではない。
退去者が出れば寂しくも清々しく見送り、新しい入居者が入ってきたら快く受け入れる。価値観が違ったなら、また一緒に新しいルールをつくる。それだけの力があるのだと思う。「新しい人がくれば、新しいやりとりがあります。それはとても素晴らしいこと。人が変わればコミュニティの姿も変わっていくでしょう」とMさん。Mさんの言う通り、コレクティブハウス聖蹟は変わり続ける。
でも変わらないものも、きっとある。人との違いを喜び、尊重し合い、大切にする。そんな文化とも呼ぶべきような「心地よいつながり感」も、そのひとつではないだろうか。
コレクティブハウス聖蹟では、サポーターズ会員になれる仕組みがある。
会員になると、コレクティブハウス聖蹟のイベントなどに参加することができる。
すっかりコレクティブハウス聖蹟に魅了されてしまったわたしたち。
その場で即刻、申し込んでしまいました(笑)
文責:古橋範朗