リニューアルしたシェアする暮らしのポータルサイトの「取材に行きます!」のコーナーに、オーナーの金子徹さんから今年の2月、このような書き込みをいただいた。
「『蔵のある家』はシェアハウスとして居住者を募集中ですが、倉庫だった場所を改造してアトリエに。アトリエでは地域の方々が寄り合い、気軽に楽しめるように仕掛けを考えます。」
2月下旬からスタートしている「蔵のある家」。
半年が経過した8月下旬、取材に伺うことになった。
魅力的な「蔵」と日本の薫りが残る建物
蔵のある家は、JR常磐線の金町駅から徒歩5分にある。元々質屋さんだった建物は、通りから10mほど細い路地を入った所に建っている。
路地を入って最初に目に飛び込んでくるものは、やはり「蔵」。その存在感に目を奪われながら中に入るとさらに玄関の脇には蔵ならではの大きな鉄扉が目に入る。
母屋だった木造部分も雪見障子や縁側、おしゃれなデザインの欄間などが残り、23区内ではめずらしい日本の薫りが十二分に感じられる魅力的な建物だ。
蔵のある家に至るまで
オーナーの金子さんの本業は建築設計。コーポラティブハウスやこのサイトにも掲載しているコレクティブハウス「スガモフラット」の設計にも携わった後、独立。独立後はシェアハウスの設計も担った。これらの経験を経て金子さんが持ったキーワードが、「分かち合い」や「寄り合い」、「地域に開く」ということ。
金子さんは、結婚後に金町に引っ越してきて9年が経つ。以前より自宅のすぐ近くにあった「蔵のある家」の事は気になっていた。それが昨年、手の届く価格で売りに出ていることに気が付いた。この家ならば「分かち合い」や「寄り合い」をキーワードに「地域に開かれたコミュニティのきっかけとなる場」づくりができる。そう考えた金子さんは、この家を購入することを決意した。
購入後は、知り合いの大工さんと一緒に建物の調査を行い、手を入れるべき所を調べつつどのような「家」にするか、計画を練っていった。その結果、次のような3つの要素を持った家となった。
1つ目は蔵。まさにこの家の象徴で現在は後述するおもちゃの収納場所となった。
2つ目が2階建ての木造の母屋。日本家屋と途中で増築されたと思われる洋間部分がある。この母屋だった部分をゆったりとした4つの個室とコモンスペースのからなるシェアハウスとなった。
3つ目は質屋の倉庫として増築された部分。現在は「アトリエ」と呼んで、地域にも開く場所とし、金子さんの事務所もこのアトリエの一画に移した。
あえて「めんどくさい」シェアハウスに
ゆったりとした4部屋からなるシェアハウス。「多様な人が住まえる家にしたい」という金子さんの思いから、男女問わず、家族での入居も可として募集をすることにした。募集は、インターネット上のシェアハウスの居住者募集用掲示板を用いて行ったが、その掲示板に載せた4つのコメントがユニークだ。
1つ目は金子さんの自宅も近いため、金子さんの「家族が来ますよ」ということ。
2つ目は金子さんの幼稚園のお子さんが友達と
遊びに来ることもあるので、「子供も来ますよ」ということ。
3つ目は、アトリエ部分を地域に開くため、「いろいろな人が出入りしますよ」ということ。
4つ目は、なので「めんどくさいですよ」。ということ。
募集の掲示板にこのようなことが書いてあったら、一見、人が集まりにくそうだが、「分かち合い」や「寄り合い」というコンセプトを分かった上で入居してもらうため、金子さんはあえてこのような書き込みをした。結果、このような寄り合い的な雰囲気を好む人や気にしない人もいて、全4室はすぐに満室になった。
コミュニティづくり真っ最中
そうして集まった居住者は20~30代の男性1名と女性3名。この4人にオーナーの金子さんもコミュニティに加わる。金子さんは気さくな人柄で、オーナーの距離が近いということがこのハウスの特徴の一つと言えそうだ。
今回は男性居住者の市川さんにもお話をお聞きできた。市川さんも掲示板の募集を見て内見に来たお一人。上述の「めんどくさいこと」はまったく問題とは思わず、昔ながらの襖や障子が残る居住空間や蔵の存在を面白いと感じ、入居を決めた。市川さんは料理が得意で、コモンスペースのキッチンでよく料理をするそうだ。ハウスで飲む時には市川さんお手製の料理がテーブルに並ぶこともある。
オーナーの金子さんと市川さんは飲みながらいろいろ話をする機会よくあるそうだ。他の3人の居住者も交えていろいろ話す機会が欲しいという思いもあるが、これまではなかなか全員がそろう機会がないのが悩みの種。シェアハウスの生活としては、大きな問題はなく、うまく回り始めている。強制参加でなく、なんとなく自然とみんなが集まる機会をどうつくるか、それが今の検討事項だそうだ。
コミュニティによってちょうど良い距離感、つながりの深さというのは異なる。同じコミュニティでも居住者が入れ替われば徐々に変わっていく。だから、共通の正解というものはないだろう。オープンして半年、「蔵のある家」はオーナーと4人の居住者がどのような関係性が今の蔵のある家にとって心地よいのか、現在「蔵のある家」ならではのコミュニティをつくっている真っ最中だと感じた。
「分かち合い」はおもちゃのシェアリングから
「地域に開かれたコニュニティのきっかけとなる場」をつくりたいと考えていた金子さん。シェアハウスとなった母屋以外、蔵とアトリエを地域に開かれた場として考えた。アトリエにはキッチンがあり料理も作ることができる。サークルなどの集まりの場として貸し出すことも考えている。
このスペースで金子さんがまず仕掛けたことが、おもちゃのシェアリング。これは自分の子供が通う幼稚園が、保有するたくさんのおもちゃをボランティアの父兄が貸し出す活動をヒントにしている。幼稚園では在園している間だけしか借りられず、小学生や他の幼稚園に通う子供は借りられない。その枠を取り外して、誰もが借りられるようにおもちゃのシェアリングの活動を始めた。
ここでもキーワードは「分かち合い」。実際に、おもちゃはこの活動を知った知り合いや近所の方が持ってきてくれて、蔵はおもちゃでいっぱいとなった。
始めてみて気づいたこと。それは無料で借りられるのだが、その場で遊ぶ人はいても借りる人が少ないということ。借りても返す時にお礼としてお土産を持ってくる方もいるそう。また、蔵に収納しきれないおもちゃを安く販売することもあるそうだが、お金を払うと買う人はいるそうだ。
「借りる(=返さなければならない)」よりも「買う(=失くしても壊しても良い)」方が気が楽なのだ。
しかし、金子さんとしてはお礼や対価を求めているわけではなく、「シェアリング」という楽しさを身近なところで体験してほしい。少しずつ分かち合えば「生活がこんなに豊かになる」、ということを実感してほしいと思っている。
そして、近所の人々がみんな知り合いであれば防犯面でも安心で、病気等で何かあった時には近所の方々が助けてくれるのではないか。そういう期待感もある。
当初は毎週木曜日の午前中に蔵とアトリエを開放しておもちゃのシェアリングを始めたが、子供が幼稚園や保育園にいる時間ということもあり、火曜日の午後に開放することにした。その結果、幼稚園の帰りに寄ることができるということもあり、毎週2~5組くらいの母子が遊びに来るようになった。
今後は「1品持ち寄り」の夕食会を開こうとしているそうだ。
シェアハウスと地域の関係性
蔵のある家には、人が集うための場が複数ある。シェアハウスの居住者が集うプライベートなコモンスペース(プライベートコモン)の他に、地域に開かれたパブリックなコモンスペース(パブリックコモン)としてのアトリエがある。この二つのコモンは空間として明確に分かれている。そのため、シェアハウスの居住者は無理にパブリックコモンに関わらずとも、自分の居室とプライベートコモンだけでも生活が可能だ。
だが、地域に開かれた場が身近にあることで、状況に応じて地域コミュニティとつながる選択肢があることは魅力だ。その仲介役としてオーナーの金子さんがいる。コミュニティの広がりに選択肢があること。それが蔵のある家のシェアハウスの大きな特徴だと感じた。
一般的なシェアハウスでは、地域とつながりを持つ手段がなかなかない。コミュニティを大切にするシェアハウスでもそのコミュニティはハウスの中の人間関係に留まりがちだが、蔵のある家にはシェアハウスと地域に開かれたアトリエが共存している。
今後、蔵とアトリエがより地域に開かれた時、実際に居住者と地域にどのような関係性が出来ていくか。蔵のある家の今後は、そこに注目していきたい。【了】
(文責:高取正樹)