つながりと志で支える新しい公共施設の形 ~COS下北沢

 

ところどころで木を使ったぬくもりあるエントランス

 

 

まちなかに溶け込むコミュニティスペース

 

久しぶりに降り立ったまち、下北沢。きれいに整った大型商業施設にはない、猥雑感がこの街の魅力だ。歩くことが楽しいまち。そんな駅周辺の迷路のようなストリートを少し行くと、もうすぐそこは住宅街。立派な住宅やアパートが連なる先に、住宅街に溶け込むような風貌で建つのがコミュニティスペース「COS下北沢」だ。

 

訪れたのは午後を少し回ったころ。エントランスに立つと中から声が聞こえてくる。「こんにちは~」と入ると、穏やかな表情の女性が出てきてくれた。中に入ると、目の前には外部に貸し出す6畳ほどのホールがある。ホールといってもいわゆる無機質な貸しスペースとはどうも違う。

 

見上げれば吹き抜けに木の梁が見え、右手には木箱を並べたようなポストが並び、その後ろにはなにやら気になる木の階段。ぬくもりがあり、生活に寄り添うような、気持ちのいい空間だ。

 

そんな空間では6人ほどの方々が集まって、体操を行っていた。世田谷区の認知症予防プロジェクトをきっかけに集まった人たちらしい。エントランスで聞こえてきたのはこの人たちの声だった。ここでは定期・不定期でさまざまな生活に密着した活動やイベントが行われるという。

 

そのホールすぐわきにある、白で統一されたシンプルなギャラリースペースでお話を伺った。

 

壁や天井は白で統一され、木をそのまま生かしたインテリア

 

 

COS下北沢を一緒に支える

 

現在COS下北沢で活動を行う主な事業体は、

 

・一時保育と子育て支援を行う「企業組合キッズルームてぃんかぁべる下北」
・ギャラリースペースの管理をする「スペース・スプラウト」
・地域に応える相談ルーム「まちづくり広場ザワーズ」
・働くお母さんのために夕食のお惣菜を届ける「NPO法人グループ菜」
・一級建築士事務所、「U設計室」

 

の5団体。

 

たとえばそのうちの一つ、NPO法人グループ菜。歴史は長く、もともと多忙を極める担任の先生を助けようと、生徒の親が協力して先生のためにご飯を作ったのが始まりだそう。

 

各事業団体が地域に根差したサービスを行う拠点とするとともに、施設の一部であるホールを外部に貸し出すことで、事業団体の活動だけにとどまらない、さまざまな活動が行われる場となっている。

 

それぞれの事業団体は組織として独立してはいるが、月に一度ミーティングを行い、さまざまな運営上の課題などを話しあいながらCOS下北沢の運営を一緒に支えている。

 

手作り感のあるエントランス。ちょっとしたことが空間に表情を与える。

 

 

NPO法人COSFAの誕生

 

そんなCOS下北沢だが、もともと地主さんが土地を相続するにあたり「なにか地域に貢献できることをしたい」という相談を、住まい・場づくりを支援するNPO法人SAHSに持ち込んだのがはじまり。

 

現在でこそ5つの団体がそれぞれ地域密着型サービスを展開しているこの場だが、企画としてはまったくのゼロからのスタートだったそうだ。設立時、この事業に賛同する人を中心に「COS下北沢をつくる会」が結成された。

 

いろいろな人を巻き込みながら2年以上の話し合いのすえ、ついにはNPO法人まで設立してしまう。「CO-OPERATIVE SPACE FOR ALL」の頭文字をとってCOSFA。NPO法人COSFA(コスファ)として、「つくる会」は引き継がれた。

 

コスファを主な事業母体として契約等を一本化。コスファがオーナーから建物を一括借り上げ、各事業団体に転貸するという仕組みだ。転貸借とはいえ、コスファにはそれぞれの事業団体の主要メンバーが加入し、単なる貸主借主の関係ではない。それぞれが当事者として参加し、この場を作り上げているのだ。

 

エントランス付近は緑が配されている。

 

 

夢の片棒、かつぐ人たち

 

モノが建物、しかも新築。小規模な建物とはいえ、建設その他にかかる事業費も数千万円クラスだ。地主さんがその大部分を調達したとはいうが、事業費のうち1000万円はコスファのメンバーが地道に集めたという。

 

「ほんとうに人づてで。たくさんの方に声をかけました」

 

1000万円という金額。ひとり1万円でも1000人が必要だ。よくわからない建築事業に、お金を出すという人がどれぐらいいるだろう。お金を集める方も出す方もこれといった確証などないままに、一歩を踏み出せた背景には何があったのか。

 

・事業に本気な地主の存在
・地域にコミュニティの場がある必要性
・原則20年で無利息ではあるが出資金は返されること

 

そんなことを丁寧に説明しながら、資金を集めていったそうだ。

 

「夢に投資しませんか」「夢の片棒かつぎませんか」

 

なんて言いながら。

 

資金を提供することでプロジェクトの一員になれる、そんな夢の実現に一役買おうと片棒担ぎに名乗りをあげた、80件強の出資者たち。金額にして2000円から100万円(!)まで。そんな担ぎ手たちの期待を秘め、プロジェクトは実現へとこぎ出す。

 

世田谷区の「地域共生のいえ」に選定されている

 

 

オモイとチカラをもちより、カタチに

 

大きなお金のかかる事業だけに、不動産事業はリスクも大きい。また、通常の事業とは全く手法が異なるため、その過程も慎重な試行錯誤の連続だったそうだ。資金調達、建築計画、各種契約形態の検討など、資金を出す人の思いだけではなく、事業の実現に向けて、コーディネートをはじめ、税務・法務・建築計画など、たくさんの専門家がその力を持ち寄ったという。

 

通常、一つのプロジェクトに同じような業種が2以上関わると、その利害調整で困難を極める。それがこのCOS下北沢ではなんと設計だけで7つの団体が関わっている。事業の意義を感じ、それぞれが話し合いを重ねて、一歩一歩丁寧に進んでいった道程は想像に難くない。

 

多くの関係者それぞれがお互いの主張を持ちながら、確実に完成に向けて進んで行けたウラには秘密があるに違いない。

 

自然素材を多く使っていて、外観は住宅そのもの

 

 

関係者のよりどころ「コスファ憲章」

 

多くの人が集まれば、そこにはその数だけの主張や感情が織り交ざる。そんな関係者の心のよりどころとして、作られたのが「コスファ憲章」。

 

そのなかの一節。

 

“私たちは、願いをかなえるために、「参加」と「話し合い」を重視します。お互いの「権利を尊重し、意見を言ったり、提案をしていくことで信頼関係を築き、互いの問題解決をはかります”

 

この一文は、すっと読めてしまうほど非常に平易でありながら、多くの示唆を含んでいる。自らが当事者となって「参加」し、問題解決をはかる。お互いの違いを「話し合い」で認識し、説得するのではなく、知ることで信頼関係を育てていく。

 

多くの組織が、与えられた任務や業務をこなす、その集積となっているのと違い、ひとりひとりが互いの信頼関係に支えられながら自分の頭で考え、主体的な動きをする。それがこの、一見困難そうなプロジェクトを、実現に向かわせている。

 

木箱のような郵便受けがならぶ。その向こうには2階へとつづくゆったりとした階段が。

 

 

変わらない部分をもちつつ、変化を受け入れる

 

コスファではNPO法人のトップである理事長を持ちまわりにしているという。関わる団体の関係がいかにフラットなものであるかという表れとともに、内部的に変化をかかえることで組織の硬直化を防いでいるそうだ。

 

目下の課題は、メンバー自体の新陳代謝。事業は数十年単位だが、その場を支える人はどうしても年をとる。あまりに人が硬直化すると、新しい人が参加しにくくなってしまったり、変化を嫌い保守的にもなりがちだ。

 

「若い人達にもどんどん手伝ってもらって、いつも新しくいたい」

 

土地がら駅周辺の商業圏ともつながりやすい。地域の商店街ともイベントなどでは連携を図るなど、外に向かっての発信も積極的だという。 日常の生活に密着しながら、内部的な変化や外からの新しい風も受けいれるしなやかさ。関わる人が根っこを共有している組織としての力強さ。そんな位相の違う強さをここは併せ持っている。

 

民間・公共問わず、作る側の意図や事情だけで供給された施設は、結局使われなくなっていく例も多い。人の心が通い合って生み出され、自発的な試行錯誤の上で施設運営が行われているCOS下北沢は、本来的な意味での公共施設の在り方を提示している。【了】

 

文責:山口健太郎

 

 

山口 健太郎

山口 健太郎

建築学科の学生時代から、人がつながることに関わりつづける。建築設計・不動産といった単なるハコモノづくりにとどまらない、人がより楽しく、豊かになるための場を創るために模索中。“予定不調和”な人生を送りたいと思う一児の父。

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