前回、東京・国分寺市で盛り上がる「ぶんじ」という地域通貨について紹介した。
今回は、ぶんじの取り組みの一つである農業プロジェクトについて、リポートする。地域通貨と農業——。この二つが一体どのように交わるのか。
さまざまなプレーヤーが織りなす力
2013年4月のある日の夜。
私が向かったのは、国分寺のカフェスロー。
ここで、ぶんじの「農業ミーティング」なるものが開催されると聞きつけたのだ。
集まったのは、出で立ちも雰囲気もさまざまな老若男女30名ほど。
国分寺周辺の農家、飲食店、小売店、住人の方々、それからJR東日本、市役所、市議会議員、JAの方など、まちのさまざまなプレーヤーが一同に介した。
国分寺では農業が盛んだ。国分寺のまちを歩くと、畑が広がり、野菜の無人販売所も珍しくない。大きな庭付きの昔ながらの農家のお宅があちらこちらに見られる。そんな国分寺で、ぶんじをツールに農業を盛り立てたい、ぶんじを通じて農業と人々をつなげ、国分寺をより豊かなまちにしたい、と考える人たちが集まり、その具体的な方法がこの場で議論された。国分寺で代々続く農家の若いご子息のお顔もちらほら見られる。
国分寺の農業の課題として、すべての業務をひとりで、あるいは家族だけでこなさなければならない、多品目を扱う農家が多く、手間がかかる、休みが取れない、といったことがあるそうだ。とにかく、年中忙しいらしい。ボランティアで畑を手伝いたいという方も結構いるのだけれど、素人の方を受け入れて指導する体制さえ取れない。草取りひとつにしても、農家によってやり方がいろいろとあり、よく知らない方にやっていただくと、かえって大変になってしまうこともあるとのこと。忙しさが忙しさを呼び、悪循環になっているようだ。
そういった課題に対し、先ほどのさまざまなプレーヤーから活発な意見が出る。
「農業大学出身のスキルのある方に『草取り隊』を従えて指導してもらっては?」
「ぶんじお散歩隊が、売れ残った野菜を飲食店に安く届ける『ぶんじ急便』はどう?」
「飲食店が、その時採れた野菜を生かせる『キッチン力』が重要なのでは?」
「その時々の畑の様子をこまめにリポートしてくれる人がいたら!」
三人寄れば文殊の知恵、とはこのこと。
さまざまな経験、スキル、立場、視点を持った人たちが一生懸命に話をすると、素晴らしいアイデアが次々と出てくる。
側で見ているだけの自分まで、どきどき、わくわく、してきた。
ぶんじの核は農業
農業ミーティングの興奮も冷めやらぬ数日後、私は国分寺市日吉町にある中村農園の中村克之さんを訪ねた。ぶんじの取り組みに、「農家」というプレーヤーを入れてはどうかと提案したのが、中村さんだ。中村農園は、クルミドコーヒーに野菜を出荷し、対価の一部をぶんじで受け取る試みを始めたばかりだった。
中村農園は、およそ80aの土地でいちごやウドをはじめとするさまざまな野菜を育てている。元はIT会社で活躍するサラリーマンだった中村さんは、自分の手で作った野菜を子どもに食べさせたいという一心で、2008年に奥様の実家の農業を継ぐ決心をし、就農した。
「2012年の12月、知人から声をかけられ、初めてぶんじミーティングに参加しました。いちごで忙しい時期だったので、正直いやだなあと思いながら(笑)。
行ってみると、そこには、直接自分の儲けには関わらないことなのに、地域に貢献していこうとする魅力的な人たちがたくさんいらっしゃいました。このメンバーを見ただけで、いろいろなことができるんじゃないかとワクワクしてきたんです。
そしてこの場に、国分寺の地場産業である農家というプレーヤーが入るとさらに面白いのではないかと考えました。ぶんじが通貨ならば、回らないといけない。回すには、労働力がほしくて誰でも参加しやすい農業が核になるのではと思ったんです」
中村さんは続ける。
「援農ボランティアの方に、普通は野菜のお土産を差し上げるところに、ぶんじをプラスして渡します。うちの野菜を使っているお店があるから行ってみて、ぶんじで支払いができるよと言うと、喜んで行ってくださる。こうやって、ぶんじを通じたおもしろい循環が生まれるんです」
地産地消とは、生産者と消費者双方にとってwin—winの、本当にいいことばかりではないだろうか。無駄な流通のコストがかからない、新鮮なものを食べられる、流通過程での二酸化炭素の排出も押さえられる。そして、地域の採れたての野菜を、地域のお店が美味しい料理にして、地域の人が美味しく食べる、そして生産者がその笑顔を見られる、というこの顔が見える間柄でのやり取りは、私たちをなんとも楽しく幸せな気持ちにしてくれる。
思いは実を結ぶ。土と農業とぶんじの力。
その後、季節は移ろい2013年秋。
ぶんじ農業プロジェクトは、さまざまなプレーヤーの熱い思いが形となって、次々と実を結んでいた。
9月のある土曜日、ぶんじのこれまでの活動についての報告会が、国分寺のLホールで開催され、関係者や関心のある人たちが集まった。
千葉県にある、亡くなられた義祖父の畑で週末農業を行う木内晴菜さんが、農業プロジェクトのこれまでについて語った。中村さんをぶんじミーティングに連れ込んだ張本人だ。
「ある農家さんの畑の草取り隊の募集を呼びかけたところ、なんと国分寺から離れた町からも14名もの方が集まってくれました!当日は雨が降ってしまったのですが、代わりに、ポップコーン用に、とうもろこしを乾かす作業をさせてもらい、とっても貴重な体験ができました。農家の方に、『作業ありがとう』って書いてあるぶんじをもらったら、皆で今日これから使いたい!という話になって、皆で国分寺の野菜が使われているお店に行ったんです」木内さんは本当にいきいきとした様子で語る。
また、うどんカフェのライトハウスでは、中村農園のいちごを使ったかき氷を提供しているという。「ほかに280円のシロップのかき氷もあり、500円程度のうどんがメインメニュー。その中で、750円のこのかき氷が一番売れているらしいんです!」と木内さんが話すと会場は爆笑の渦となった。
ラ・ブランジェリ キィニョンというパン屋さんでは、従業員が地元の野菜を収穫にいくところから始まり、それらの野菜を使ったいろいろなパンをつくって販売している。代表取締役の井村穣さんは語る。「売れるとは思っていましたが、本当に売れました。それ以上に、パンづくりの職人たちが喜んでくれたことが大きいです。地元で採れた新鮮な野菜が職人のものづくりの心を刺激し、これまで惣菜パンの新商品がなかなか出てこなかったのに、今やどんどん出てくるんです!しまいには、職人が自分たちで野菜をつくりたいと言い出したので、近くに農園を借りて、野菜づくりを始めました。社内的におもしろい効果、おもしろい循環が生まれました」
また、クルミドコーヒーは、近隣の榎戸農園で採れたトマトでつくる特別なトマトジュースを期間限定で提供。クルミドコーヒーの今田順さんが、榎戸農園に何度も足を運び、試行錯誤で作り上げた逸品だ。
会場に駆けつけることができなかった榎戸さんからの手紙が読み上げられた。
「今田さんに農園にきてもらって、たくさんお話をするなかで、今田さんの熱意を感じました。私たちには、美味しいものをつくりたいという共通点がありました。夫婦でクルミドコーヒーを訪れ、ジュースをいただきましたが、本当に美味しく、素直にとても嬉しかったです。今田さんから渡されたぶんじには、『トマトジュース最髙です!』というほかのお客さんからのメッセージがありました。人と人をつなげるのが地域通貨で、人と人がつながると新たな何かが生まれます。その一つがこの『トマトまるごとトマトジュース』でした。ぶんじを通じて、これからもたくさんの人と人がつながることを期待しています」
ぶんじが、国分寺の人と人を結びつけ、大地と作物までをも巻き込んだ豊かな循環を生み出している。プロジェクトの過程を見守
るだけの私でさえ、ぞくぞくしてくる。当の本人たちの興奮はいかばかりだろう。
ことの本質は、何もぶんじや国分寺に限ったことではない。自分たちの場所で、そこを楽しく豊かにしていくこと。私も大切にしていきたいと思う。【了】
(文責:城野千里)