みんなが集まる台所、みんなでつくる街の味 ~タウンキッチン

 

家庭の味、 と聞いて何を想像するだろう。母親が作ってくれたお味噌汁、近くの商店街で売られていたコロッケの味-。
思い描くイメージはそれぞれ異なるが、家庭の味と聞くと何がしかの思い出が心に浮かんでくるのではないだろうか。

 

今回訪れたのは、一橋学園駅近くの、どこか懐かしさ漂う商店街の中にある「学園坂タウンキッチン&たまり場カフェ」。

 

商店街を歩いている人がふらりと立ち寄れる、そんなつくりになっている

 

明るい店内には、煮物やサラダ、揚げ物など色とりどりのお惣菜が並んでいる。
どれも、野菜がふんだんに使われた手料理。 作っているのはタウンシェフと呼ばれる地元の女性たち。
私たちが訪れた日の一汁五菜ランチメニューは、ピーマンの肉詰めと鮭の竜田揚げ。五穀米ごはんは大盛り無料。

 

午後のあたたかな日差しが差し込むたまり場カフェで、この小平の地に「学園坂タウンキッチン&たまり場カフェ」を立ち上げた北池智一郎さん(株式会社タウンキッチン代表取締役)に、お話をうかがった。

 

緊張していた私を和ませてくれた北池さん。時々笑いを交えながらも、胸に秘めた熱い想いを語ってくれた

 

 

食を通した「ありがとう」の循環を目指して

 

北池さんは、前職で外食・小売業に対する教育研修・コンサルティングを行っていた。その過程で、こんな想いを抱くようになったそうだ。

 

「他店より少しでも安く、というコスト競争に注力し、品質を守るために働く人の個性よりもマニュアルが優先される。今の世の中で当たり前になっている外食産業の仕組みに、徐々に違和感を感じるようになりました。
利用する側も、夕方になると塾帰りの子どもたちが500円玉を握りしめてファーストフードのお店に行列をつくっていたり・・・。
もちろん忙しいお母さんが外食に頼ってしまうのは仕方がないことです。
良いとか悪いとかではなく、そういった事実に寂しさを感じ始めたのです」

 

現代、特に都会では、食べ物はお金さえ払えばいつでもどこででも手に入れることができる。とても便利な環境だ。私自身も、忙しい時はコンビニ弁当に頼ってしまうことも多い。

 

でも、仕事に疲れた時、人間関係に悩んだ時、食べたくなるのは誰かの手料理だ。
思えば、風邪をひいたときに母親が作ってくれたお粥を食べると、それだけで少し元気になれたものだ。
食育という言葉も目にするようになった昨今、食事には栄養をとるということだけではなく、作り手の愛情を無意識に伝える効果もあるのではないだろうか。

 

一汁五菜のランチプレート

 

北池さんは、マニュアルに基づき機械化された食ではなく、食が本来もっていた大切な役割は何だろうかと考えた。
その時見えてきたものは、食を通した人と人との交流。
食の作り手が料理に込めた優しさと、それを受け取った側の「ありがとう」の言葉。

その言葉がたくさん生まれる場所をつくることで、食を通した人と人との交流と、失われつつある豊かな地域社会が取り戻せるのではないかと考えた。

 

 

家庭の味を持ち寄ることで、地域の味をつくる

 

ここでのメニューは、タウンシェフの皆さんたちが考案されている。
もちろん、タウンシェフお一人お一人には、それぞれのご家庭の味がある。
それをみんなで持ち寄って検討し合い、試行錯誤しながら、街の台所の味をつくり上げていくのだ
最終的には、持ち寄ってつくり上げたその味が、お客様の口に届く。さらにお客様から意見や感想をもらうことだってあるだろう。
その意見や感想をもとに、さらに味を進化させていく。
その過程はまさに、地域の味をタウンシェフの皆さん、そして近所の方々が共に作り上げていくプロセスの共有だ。

 

栄養バランスのとれた手作り弁当。一人暮らしの高齢者や若者にとっては心強い存在だ

 

あるタウンシェフの方がおっしゃっていた。
「美味しいと言われて本当に感動した」

 

普段、何気なく作っている家庭料理。
その料理が家族以外の人から「美味しい」と言われる、喜んでもらえる。
自分のつくった料理が誰かの日常の一部となる。自分の作った料理を心待ちにしてくれている人たちがいる。

 

「ありがとう」「美味しかった」「また来るよ」の言葉で、地域の人たちとつながることができる。
大げさかもしれないが、日常の中のちょっとしたコミュニケーションの積み重ねが、最終的には多くの幸せを生み出すのではないだろうか。
目にも見えず、またスピードもゆっくりで、しかし確実に、食を通じた人と人とのつながりが生み出されていくのを、この学園坂タウンキッチン&たまり場カフェで感じた。

 

入り口からはキッチンで働くタウンシェフの皆さんの顔がみえる

 

 

食を通じたシェアする暮らしの実現に向けて

 

もともと外食産業に対する教育研修・コンサルティングを行なっていた北池さんは、こうおっしゃっている。

 

「私が違和感を感じた外食産業の現在のシステムを全否定するつもりはありません。むしろ、何百何千店舗の場を持っているというパワーやその合理性は、ある意味ではなくてはならないものだと思っています。
この学園坂タウンキッチンで食を通じて地域の人と人とがつながるプラットフォームを作り上げることができたら、今度はそれを既存の外食産業の中に応用していくことが出来るかもしれません。
例えば、既存のファミリーレストランで月1回、地域のおじいちゃんと子どもたちが厨房を使いながらコミュニケーションをとるような場を設けることができたら、社会に対するインパクトは大きい。
いまは、様々な可能性を考えながら、まずはここ小平の地で、食を通したシェアする暮らしを実現していきたいと考えています」

 

目に見えない価値観を世の中にどう伝えていくか、そして人と人とのゆるやかなつながりをどう広めていくか―。学園坂タウンキッチン&たまり場カフェは、試行錯誤しながらも、私たちが忘れかけている大切な何かを、少しずつ、私たちのもとに取り戻そうとしてくれているのかもしれない。

 

食を通じたシェアする暮らしが、いずれ当たり前の社会になるように、
北池さんとタウンシェフの皆さんは、今日もここ小平の地で奮闘している。【了】

 

文責:浅川 美知子

 

 

浅川 美知子

浅川 美知子

大学卒業後、大手住宅機器メーカーに入社。 営業としてさまざまな建物の建設に携わる。 現在、コンサルティング会社でベンチャー企業育成のプロジェクトや官公庁の調査研究のプロジェクトに従事。 シェアハウス居住歴は3年以上。

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