1200年をこえるまちづくり史における変遷を経て、自立性の高い市民性がはぐくまれた京都。現在のまちづくりの最前線で、たくさんの場をつくってこられたお二人の実践者にお話しを聞く機会を得た。篠原さん、東さん、“まちづくり”という行為で「つくっている」ものの正体はいったいなんですか?
関係性の質をあつかうこと
NPO法人 場とつながりラボhome’s vi(ホームズビー)は、人々が集まる集団の相互作用や主体性を引き出すための「場づくりの専門集団」として、京都を拠点に活動している。
ワールドカフェやオープンスペーステクノロジーなどの対話の手法を用いて、行政と市民の協働の場や企業の組織変革をコーディネートする。
場に専門的に関わるというのは、具体的にどのようなことなのだろう。対話や対立の場面における“第三者”という立場の意味について、ファシリテーターの篠原幸子さんに聞いた。
「市民参加型のまちづくりプロジェクトでよくあるのは、行政の職員が市民との対話を非常に怖がっているケース。熱意があればある人ほど、「誰にもわかってもらえない」とすごく絶望していたり怒っていたりするんですよね。それで行政に文句を言う“困ったちゃん”になっていたりするのだけど、彼ら側からすると望むように“きいて”もらっていない」
ファシリテーターとして入るとき、そういう人がいることもある。しかし入っていった結果、きいてもらえたという信頼がファシリテーターに向いても仕方がなく「聴いてもらえた」「言えた場だった」と思ってもらいたい、と篠原さんは言う。
「だからこそ大事にしているのは“外部でいる”ってことを崩さないようにすることなんです」
純粋に「ただ、いる」こと
傷つき怒りをもっている人に対して寄り添いつつも、依存関係にならないよう他者であり続けるために、具体的にどんなことに気をつけているのだろう?
「例えば実際にやっているのは、開会閉会宣言をファシリテーターがしない。たとえ一言でもクライアントに挨拶をしてもらってから、この先は彼らに権限委譲するよという形で渡してもらう流れにしています。この場の企画主体は私です、彼らは頼まれて今日は進行役としてきています、そしてみなさん参加者が主役です、という役割を明確に伝えるようにしていますね」
内部の人間だと、どうしてもその関係性のなかに組み込まれた立場の発言として受け取られる。外部の人間だと、その関係性を飛び越えた場所からの発言となるので、フラットに入っていける。実際に請け負うプログラムの場合、数時間という時間の制約がある場合も多く、冒頭により意識的に役割設定の共通認識をもつ工夫をしている。
「そこをものすごく大事にしたり気をつけているのは、逆に私自身が、場とそこにいる人に入り込んでしまう/同化してしまう質だからでもあって」
実際、篠原さんは共振性が高く、親身になって耳を傾けてくれる姉御肌タイプの人柄。大事なのは、人と人の関係性にはいっていくファシリテーターもまた、個性をもった一人の人なのだというわきまえを持つということなのかもしれない。
小さな声も、ときには声なき声をも
第三者として存在しきるということ。そのことが、安心安全な場をつくっていく。この場では、ネガティブなこともポジティブなことも安心して話してもいいんだという信頼が人々のなかに生まれる。その成功体験の積み重ねが関係性の質を変え、やがてはよりよい組織や街をつくろうという思考や行動を変えていく。
成功循環モデル(ダニエル・キム)
対話以前の発意をひきだす
篠原さんたちが場づくり専門家として入っていく対話の場が、そもそも必要とされる背景には、人々が意見をもち、ときに利害対立場面が生じているということでもある。
次にお話しを聞いた東信史さんがつくっているのは、そのもっと手前の人々のなかにある「意・will」を表出させる場といえるかもしれない。
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京都の丸の内エリア・四条駅からほど近い雑居ビルの一室。ここに躍動的オープンスペース「Think Thank」はある。レンタルスペースともコワーキングスペースとも違うこの場、なんともユニークなのは、その日の利用料は0円で「次の人の利用料」をギフトとしておいていってもらうというペイフォワード方式の運営方法だ。
もとは土日のみ写真教室として使われていたこのスペース、平日まるまる遊休状態だったところを「安く貸すから使わない?」と東さんに声がかかった。ちょうどその頃『ゆっくり、いそげ』(※本サイトのプロジェクトリーダーの影山知明著)を読んで影響を受けた贈与経済を体現する場として、“皆でつくる”をコンセプトに運営してみるのはおもしろいのではないかと企てた。
「初期投資200円。このガーランドフラッグなんですけど笑」。本棚も掃除機もどこかからもらってきたもの。
実に多彩な使われ方がされており、本を持ち寄ってのbook bar、理学療法士仲間の勉強会、書道教室、お昼はママサークルの学びのイベントなど…。オープンから1年が経ったが、日数でみると3分の2は稼働しているというから驚きだ。
利用料金の設定はしていないが、今月も目標金額の「ギフト」が集まった
自分のテーマをもてる人を増やしたい
オーナーの東さんは、「仲間と集まりたいな」「今夜暇だけど誰かと会いたいな」という“小さな思い”にこたえる場─そんなことをイメージして、この場をひらいているという。
「“四次元ポケット”のあるドラえもんみたいな世界を作りたいってよく話していて。困ったときに道具がでてきたら助かるし、道具がでてくることがわかっていたら、皆のび太くんのようにやりたいことや泣き言とかを言い出すようになるんじゃないかと思うんです」
有限責任事業組合まちとしごと総合研究所 東信史さん
「「こんなことやりたいんだけど」と言う人がいたら、誰かが「あそこの人を紹介するよ」とか「この場所空いているから使ったらいいよ」というやりとりが集まっていく。つまり、現実世界ではひみつ道具なんてなくて、“人” でしかないんだろうなと思っていて。そういう場や関係性をつくれたらいいなと思って運営しています」
東さんは、もともと福岡で会社員の傍ら「福岡テンジン大学」という生涯学習団体の理事として運営に関わってきたバックボーンがあるのだが、ひょんなことから京都に移住して以来、京都の市民参加型のまちづくりの第一線で活躍してこられ、現在は有限責任事業組合まちとしごと総合研究所の代表という顔ももつ。これまでも公私違わず多くの場を起してきており、今も30個のプロジェクトを並行して動かしている。
そんななかで、もっと場やコミュニティを“自らつくる人”が増えないと限界があると感じるようになってきたという。そういう種のある人たちが、初めて何かしようと一歩踏み出すときに少しでもはじめやすいように準備したいという思いへつながった。
まちづくりは「課題の解決」ではない
本業では行政と組んでいわゆるまちづくりにまつわる“社会課題の解決”を扱う場面に立つことが多い。そんななかで思うところがある。
「社会課題解決というアプローチだと、主体者がいないとなかなか進まないことがあったり、関心がない人は引っかからずいつも同じ人しか集まらなかったり…あまりいい傾向になるものは少ないなと感じ始めていて」
まちづくりをしよう!と思ってすることも大事かもしれないが、それをする人は全体でみればごく少数だ。そういう目立つ部分にばかり目を向けるのではなく、小さいがパワフルな個の力を引き出すことに思いはシフトしていった。
「社会課題の解決って目くじらを立ててやるようなことではなく、もっと楽しいことや好きだからやっていることの延長や結果として、課題が解決されていた、というものでいいと思ってます」
「やりたいのは、“まちづくり”をいかに意識させないで趣味や好きなことを切り口にしたテーマ型でひっかかってくる人を増やしていくこと」と東さん(愛称まっくす)。
いつかはいなくなる者として
たまたまではあるだろうが、篠原さんも東さんも京都の出身者ではない。縁あって今京都にいる。だからこそ余計に客観的な視点をもって、場づくりに臨んでいるように映った。当事者に火をつけること。その炎が燃え続けること。そのために自分ができること、に誠実に向き合っている。
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人が集まる場所さえあれば関係性構築できる?否。場があって、小さな思いにこたえる体験が積み重なって、やがて関係性が生まれる。ここでのKFSは体験のトラフィック数をどうあげていくか。よい現場には必ず仕掛け人の姿がある。京都で目撃したふたつの現場で、そんなことを確信したのだった。【了】
(文責:山下ゆかり)