地域で楽しく暮らすためのインフラづくりを介護から ~小規模多機能ホーム・ぐるんとびー駒寄(神奈川県藤沢市大庭地区)~

神奈川県藤沢市。湘南エリアという響きも手伝ってか、子育て世代を中心に新住民の流入が続いている一方で、市北部にある大庭地区は高齢化率28%余と市内で最も高齢化率の高いエリアだ。この場所に、全国でも初めてのケースであるUR都市機構運営の団地内の小規模多機能ホーム「ぐるんとびー駒寄」はある。いずれ誰しも直面する「介護」という日々の営みを取っ掛かりに、10年後の日本の地域コミュニティのあり方をも先導しようとしているその試みが今、全国的にも注目を集めつつある。それはなぜか――。答えのキーワードは「地域を巻き込む」「地域でつながる」だ。

「ぐるんとびー駒寄」を運営する株式会社ぐるんとびー代表取締役・菅原健介さん(株式会社ぐるんとびーホームページより)

小規模多機能ホームは平時のコミュニティ・インフラだ

「ぐるんとびー駒寄」を率いるのは、株式会社ぐるんとびー代表取締役で理学療法士の菅原健介さん。大学卒業後、IT広告会社に2年半勤めたものの、夜中3時まで仕事というものもざらな生活が続き、「もっと人のためになる仕事がしたい」と理学療法士に。回復期リハビリテーション専門施設の鶴巻温泉病院(神奈川県秦野市)などで、理学療法士としての専門性を磨いていった。

 

転機は東日本大震災だった。

 

菅原さんの母親・菅原由美さんは、全国の看護師によるボランティアネットワーク「キャンナス」の代表で、東日本大震災の時もいち早く全国の看護師を募って被災地に支援に入っていた。菅原さん自身も現地のマンパワー不足を目の当たりにするとともに、被災地の人々の生活状況から看護だけでなくリハビリの必要性も感じていた。理学療法士の資格を持つ自分も何か役に立てるのではないかと、ナースコーディネーターに転じることを決意。気仙沼、女川、石巻で8カ所24時間泊まりこみ体制で、のべ2万人の看護師を送り込んだ。受け入れ患者数としては、日本赤十字社からの看護師派遣事業を上回るものだった。

 

被災地で各地に入り込んで人々の暮らしを最大限支援する中で、見えてきたことがあった。

 

「全国各地にコミュニティカフェが出てきていますが、なかなか多世代がつながりにくいなあと感じました。また、24時間誰かが見守ってくれる体制の場から離れて、個々がバラバラに地域に戻った後、どこに相談すればいいのか分からない――という状況に陥ってしまう現状を、何とか改善したいと思いました」(菅原さん)

 

その頃、藤沢市内で高齢者介護事業を行う株式会社あおいけあ代表・加藤忠相さんから、自立しながらできるだけ地域で暮らせるように要介護者とその家族らを支援する小規模多機能ホームについて話を聞いていた。大震災での支援活動を通じて気づいた、行政に頼りすぎずに地域の自治をうまく回していくこととともに、日常の困りごとを行政につなげられる地域のよろず相談拠点が必要であるということ。この2つを両立できる器として、小規模多機能ホームはピッタリではないかと感じたという。

 

「平時だと制度を変えるのって難しいですよね。でも、平時から地域に小規模多機能ホームという“インフラ”をつくっておけば、非常時もこわくないと思うんです」

 

小規模多機能ホームで平時のコミュニティ・インフラモデルをつくって東北に持って行こうと気持ちを切り替え、東北からいったん戻って、JR藤沢駅近くのビル5階で最初の施設を開設。その後、「家族との時間をもっときちんと持ちたい」と、家族の住む地域コミュニティで小規模多機能ホームを立ち上げるべく、起業することを決意したのだった。

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菅原さん

常識破りの介護で、人が変わり、地域が変わる

ぐるんとびー駒寄は、菅原さんがこれまでのキャリアの中で感じてきた二つの違和感に対する反面教師が結実したものとも言える。

一つは、ALS(筋委縮性側索硬化症)の人をはじめ、福祉・介護施設で一生を過ごす人たちが楽しくなさそうな様子に違和感を覚えたことだ。それぞれの人がその人らしく最期の日まで過ごせるためにはどうすればいいのか――。必要なのは「まずは全部受け切ること」だと菅原さんは考えた。

 

「例えば、デイサービスに1日4時間来てもらって互いに交流するのもいいけれども、自宅でお友達を集めてパーティーするのをわれわれが手伝ってあげればいい。施設の職員が服薬のタイミングを教えるのではなく、周りのお友達が教えてあげられるような環境をつくればいいと思うんです」

 
ぐるんとびーの職員はこのように、できるだけ本人が一番楽しく過ごせる状況に寄り添う介護を行っている。深刻なケースでも、まずは「全部受け切る」のだという。

 
「家族に暴力を振るってしまうレピー小頭性認知症の男性のケースでも、団地内で暮らし続けられるよう、暴力が酷い時には家族から離してうちで引き取り、あとは頻繁に見守りながら対応しています」

 
本人の状態に合わせた介護をしていくことで、時間をかけて信頼関係を築いていく。信頼関係を築くには、不快な思いをさせずに過ごせる時間の長さが必要だと、菅原さんは説く。

 
ぐるんとびー駒寄には、子どもたちもやって来る。ここは「団地の寺子屋」。子どもとお年寄りが一緒に楽しめるイベントやワークショップを定期的に行っている。

 
「例えば、月1回やっている臨床美術は、認知症の改善などにも効果がある手法です。デッサンするんですけれども、それぞれの捉え方を表現できる。正解がないのです」

 

ただふらっと遊びに来たっていい。ある時には、菅原さんの息子がゲームセンターに行きたがった際に、仕事中の菅原さんや妻の有紀子さんに代わって、利用者の人たちに散歩を兼ねて付き添ってもらったこともあったそうだ。

 

「子どもたちには『自分で判断できる子』に育ってほしい。こうしたことを実現していくことで、子どもたちには壁にぶつかっても課題解決して感謝する習慣を身につけてほしいと思います」

 

「趣味のフラダンスや俳句教室にまた一人で通えるようになった。念願だった宝塚の観劇に行けた――。いずれもうちを利用している方々ですが、好きなことをやれるようにするといううちの介護のスタイルを子どもたちに見せることも、子どもたちにとって学びになるはずなのです」

 

福祉・介護の業界における専門性の殻の中に閉じこもった人たちの多さは、菅原さんにとってもう一つの違和感だった。お年寄りは施設の職員から世話を受けながらお年寄り同士で過ごすという、言ってみればこれまでの介護の“常識”からは考えにくい試みの数々は、そんな菅原さんの違和感から生まれたものとも言えそうだ。

 

「堀田聡子さん(国際医療福祉大学院大学教授)から『専門職の鎧を脱いで地域に出よう』と励まされたんです。僕は、理学療法士とは暮らしの中で何をやるかを決めて、それができるようになることを目指してリハビリを促す役割を持った人のことだと思っています。ダンススクール×介護、フィットネス×介護―—。これを、障がい者の就労の場にできたらと考えているんです」

 

小規模多機能ホームという形で福祉の財源を下支えにしながら、地域の人たちが自分の好きなことをして楽しく暮らせる地域を実現するために、もっと他の業種ともつながりたい、と菅原さんは意気込む。

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菅原さん(左)と息子の虎太郎くん、利用者の方とともに

すべては「死ぬまで地域で楽しく暮らすため」「子育てできる地域をつくるため」

そんな菅原さんの周りには、同じような思いを持った地域の人たちによる業種を超えたコミュニティの輪ができつつある。

藤沢市には、地域のお年寄りたちが気軽に立ち寄れる場を民間で運営する「地域の縁側事業」というものがある。大庭地区にある地域の縁側「ほっと舎」を運営するNPO法人ワーカーズコレクティブほっと舎アルク代表・野副妙子さんは、地域の人たちが自分の好きなことをして楽しく暮らせるような介護を標榜する菅原さんの理念に共感する一人だ。

野副さんは藤沢市内の介護施設の副施設長を経て、ほっと舎の運営に専念した。この地に住んで30年。介護の分野では国の政策として「*地域包括ケアシステム」が掲げられる中、これからは自分たちだけでなく、異業種の人も含めて地域を巻き込んで進めていかなければならないと痛感。元気なうちに拠点をつくっておきたいと思ったのだという。

*要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援を地域内で一体的に構築し、要介護者やその家族らが利用できるようにするシステム

「私自身、介護施設で元気になっていく人たちをサポートしてきたので、その人の特技を生かしたいという思いが強いんです。尺八が上手な男性は、足が悪くて引きこもりがちだったんですが、週に4回ここに来て話を聞いてもらったり尺八を弾いたりしているうちに歩けるようになり、都内の演奏会にも行けるようになったんですよ」(野副さん)

菅原さんと知り合ったのは、菅原さんの母親と長年の友人だったことがきっかけ。野副さんの夫が脳こうそくで介護が必要になった時には、菅原さんに介護保険申請のアドバイスをもらった。夫は現在、ぐるんとびーに週3、4日通っている。地域の人とのつながりに、野副さん自身も助けられたという。

ほっと舎は、藤沢市の縁側事業の中でも多世代交流を重視している。「市役所は敷居が高いと感じる人もいる。地域で気軽に相談できる場所が必要。子どもたちに残す社会像をつくるつもりでやっている」と力強く話してくれた。

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地域の縁側「ほっと舎」

菅原さんと同じ子育て世代の地域住民も、菅原さんのバイタリティに共感しながら、ともに楽しい地域をつくろうと頑張っている。

洋菓子店「お菓子のアトリエ・ニコラ」店主の田代祐介さん。藤沢市内の果樹農家で生まれ育ち、数年間藤沢を出て都内などでパティシエをしていたが、帰郷してみると海も山もあって食が豊かな地域だと改めて実感。地元の食材をできるだけ使い、農家が喜ぶ洋菓子店を開こうと決めたのだという。

「子育て世帯から年配の人たちまで、フェイスブックを見てという常連さんも増えてきました。子どもたちだけでも来てくれるんですよ。ある日、男の子2人がプリンを買っていったとき『おこずかいがマックシェイクじゃなくてプリンになったね!』と話しているのを聞いて、何だか嬉しくなりましたね」(田代さん)。

昨年10月で開店一周年を迎えた。田代さんは「今後は、地元の食材をもっと取り入れていきたいですね」と意気込む。妻のかおりさんも「子どもに食べさせられる安心安全なスイーツを提供するのはもちろんですが、地域の人たちが安心してふらっと立ち寄れる場に育てていきたいですね」と、お店の将来を地域の未来と重ね合わせながら話してくれた。

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ニコラ店主の田代さん。訪れた時には、藤沢地域のぶどう品種・藤稔(ふじみのり)を丸ごと使ったケーキが目玉だった。季節の果物を活かしたケーキがおいしい

昨年夏には、ほっと舎の野副さんや二コラの田代夫妻らぐるんとびーとつながりのある地域の人たちが、地域内にある大庭図書館の館長、スタッフらと交流する飲み会をぐるんとびーで行った。地域内のさまざまな主体がそれぞれの立場でできることを持ち寄り、つながっていこうとする動きが芽生えている。

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10年後の日本に必要な地域コミュニティをつくる社会実験

「ぐるんとびー」という何ともユニークな響きのする社名の由来は、菅原さんが中学・高校時代に学んだデンマークで、「デンマーク教育の父」と言われた牧師で教育者のニコライ・グルントヴィ氏。同氏は、教育とは「地域で楽しく生きるため」ということを標榜し、暗記教育から考える教育への転換を訴えた人だ。

「グルントビー氏の思想に触れて、『本人がやりたいことを楽しむ』を介護・医療を通じて実現すればいいと思えるようになりました。それと、「地域を『ぐる~んと』つなげる」という意味とも掛け合わせられるかなと思って(笑)」(菅原さん)

「デンマークの教育の特徴は『常識、価値観をゆさぶること』」と『対等であること』。バリアフリーって心のバリアフリーのことだと思っていて、これはボクが団地でやろうとしていることに通じています」(同)

介護を取っ掛かりに地域の多様な主体をつなげながら自立した地域を作ろうとする取り組みは、地域包括ケアシステムを標榜する政府も注目。内閣府や厚生労働省の大臣、幹部らによる視察が絶えない。こうした取り組みの積み重ねを通じて、利用者の介護料を削減し、子どものための予算につなげたいという思いが菅原さんにはある。

「特別養護老人ホームの建設には、1カ所約33億円、ベッド1床つくるのに3300万円かかる。これで介護できるのは110人。これに対して、小規模多機能ホームでは3000万円で290人介護できる。お金稼ぎもいいですが、あまりにも地域貢献のない事業は止めなければならないと思っています」(菅原さん)

「死ぬまで暮らせて子育て出来る。この理念に1000人〜10000人単位で共感する人たちが現れれば、地域政治では立派な票田になる。介護も子どもの教育も含めて、ガラガラポンしていく――。これを、小さな共同体のビジョンとして打ち出したい」(同)

湘南の地から地域の10年後を見据える社会実験は、これからが本番だ。

木村 麻紀

木村 麻紀

湘南生まれ、湘南育ち。時事通信社記者、米コロンビア大学経営大学院客員研究員などを経て、環境ビジネス情報誌『オルタナ』 の創刊に参画。同誌副編集長、パルシステム生活協同組合発行情報誌『POCO21』編集長を歴任後、現在は「まちエネ大学」をはじめとする地域コミュニティデザイン・地域人材育成のプロジェクトを手掛ける。小学生男の子の母。最近の関心事は「『生きるように働く』ための場づ くり」と「(どんな環境でも生きて行ける)人育て」。究極の夢は、職住近接の働き方ができるコワーキングスペース付きコレクティブハウス(的なもの)を地元につくること。 著書に「ロハス・ワールドリポート ー人と環境を大切にする生き方ー」(ソトコト新書、木楽舎)、「ドイツビールおいしさの原点 −バイエルンに学ぶ地産地消−」(学芸出版社)。編著に「「社会的責任学入門〜環境危機時代に適応する7つの教養〜」(東北大学出版会)など。

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