老後の住まいを心配せずに、仲間とともに楽しく暮らしたいと願う中高年。一方で、働きながらの日々の育児に疲労困憊したり、子どもとの関係だけに閉じてしまう専業主婦(主夫)の「孤育て」にも直面している子育て世代。核家族中心の暮らしが主流となるにつれて交わることの少なくなった両者が、関わり合い、助け合って、住まいや暮らしをめぐる日本社会の課題を乗り越えられないだろうか―。そんな多世代交流・助け合い志向の住まいのパイオニアが、間もなく開設6年目を迎える湘南台チャンプハウスだ。
「他の人がやっていないことを」に背中押され
湘南台チャンプハウスのそもそもの出発点は、寿命の伸びに伴って増えてきた元気な中高年層が生き生きと暮らせる場をつくるというもの。その発想は、出発点の中心にいた1人の女性の行動から生まれたものだった。
チャンプハウス運営会社の代表取締役を務める山本儀子さん。山本さんは、日本の住宅メーカーに欧米の住宅関連情報を提供する情報会社を、米ロサンゼルスで30年余にわたって経営してきた。日米を行き来しながら単身で仕事一筋に走り続けていた20年ほど前、ふとこう思ったのだそうだ。「この調子で歳を取ったらどうしよう。仕事以外に何か情熱を注げるものを作らないと」―。
ヒントを探していたところ、全米退職者協会(AARP)という団体に出会った。50歳以上の会員を対象に多彩な相互扶助・交流プログラムと政府へのロビー活動を展開し、会員数3500万人余を誇る米国最大の超党派の非営利団体だ。早速AARP本部を訪ね、日本でも同様の団体をつくりたいと相談してみた。すると、「他の人がやっていないことをしてはどうか」というアドバイスが返ってきた。その言葉に触発された山本さんは1998年、日本には当時ほとんどなかった元気な中高年向けの交流団体を立ち上げ、「CHAMP(チャンプ Cross Hands Association of Mature Persons)~成熟人が手をつなぐ会~」と名付けた。会員数は、関東と関西で現在約200人にのぼる。
CHAMPには英会話やコーラス、温泉を楽しむ会などの同好会があり、その1つに成熟世代の住まい方を考える会がある。「千万円単位の入居金を積まなければならない現状を何とかできないものか」「賃貸で気軽に住み続けられる家が欲しい」。山本さんは、そんな声に応えたいと思った。さらに、自身の人生経験から子育てしながら働く女性たちを応援したいという思いも持っていた。「私は残念ながら、子育てしながら経営者として働き続けることに理解ある男性とめぐり逢えなかったけれども、住まいと同じ建物内で幼児を保育できる環境を整えれば、後に続く女性たちは少しでも楽に子育てできるじゃないかしらと思って」(山本さん)。理想の住まいは、自分たちの手で作ろうじゃないか。キーワードは、「多世代交流」と「子育て支援」に決まった。
理想と現実のはざまで見えたもの
とはいえ、ことは簡単には進まなかった。まずは、土地探しで苦労した。ちょうど、CHAMPの会員に湘南台駅前の複合開発に参画していた建築家・小平穣さんがいたことから、事業主兼地主に相談してもらうことに。その地主がチャンプハウスのコンセプトに共感し、建物の10―12階の一括借り上げを了承してくれた。とはいえ、借り上げに必要な資金のあてはない。そこで、CHAMPの会員に募って20人に株主になってもらい、資本金1600万円で運営会社を設立。銀行からも融資を受けて、ようやくスタート地点に立てた。
湘南台チャンプハウスには、10、11階部分に子育て世代向け住戸(20戸)、12階に50歳以上を対象とした住戸(6戸、10人居住)と住民間交流のためのコミュニティスペース(住民つながりの関係者が格安で宿泊できるゲストルームあり)、さらには保育室と学習室を設けた。山本さんの姉である増田美智子さんがハウスマザーとして居住し、住民の相談相手になるようにもした。
ところが、いざ募集を始めても期待したほど入居者はすぐには集まらなかった。全26戸のうち入居者が得られたのは3ヶ月経って16戸。これでは事業主への賃料が払えない。乳幼児を育てながら働く母親の方がより大変なはずだと、10階・12階の子育て世帯入居者を「就学前の子どもを持つ世帯」、成熟人向け12階は50歳以上と条件付けていたが、これが結果として足かせとなった。泣く泣くこの条件を外すとともに、子どものいない家族や近隣に複数の大学キャンパスがある地の利を生かし若者にも門戸を広げると、徐々に入居者が増えて経営も安定してきた。
現在は、子育て家族5世帯のほか、単身赴任のサラリーマンや一緒に住まう大学生姉妹など、当初は想定していなかった人たちも入居している。逆に、働きながらの育児がより困難だろうと入居を期待していたひとり親世帯にとっては、駅前で新築・設備仕様が上質であるために家賃が高くなり入居が困難になるという厳しい現実もあった。そんな中でも、入居後に結婚、出産した人も出てくるなど、年月とともにコミュニティは想定していた環境に近づくような変化を遂げている。山本さんは「まずは経営を安定させてから、当初のコンセプトに近づくために軌道修正しよう、と頭を切り替えられたのが良かった」と振り返る。
元気なシニアと子育てファミリーを応援したい
チャンプハウスを訪れた日、山本さんとハウスマザーの増田さんは、居住者の2人の子育てママに事前に声をかけてくれていた。お話も熟したところでコミュニティスペースに移動して、お話しさせていただくことに。
1歳の娘さんと一緒に来てくれたのは、主婦のYさん。結婚と同時に入居。旦那様と自分の通勤にとって便利な場所で、ファミリー世帯もたくさんいるので良さそうだと思って選んだという。出産するまでは他の居住者との交流はあまりなかったが、出産を機にチャンプハウスの良さを実感している。
「親戚付き合いや元の会社の同僚との交流に限られがちですが、ここで子どもが他の皆さんに遊んでもらえるのはとても有難いです」とYさん。昨年末にコミュニティスペースで開かれたクリスマスパーティーに初めて参加したら、普段は人見知りしがちな娘さんがとても楽しそうに遊んでいたそうだ。娘さんがもう少し大きくなったら、仕事を再開するかもしれない。そうなれば、同じ敷地内の保育室に預けられる。「状況が変わっても対応できると思える安心感があるのは大きい。いざとなった時に預けられる場所があるのは心強いですね」(Yさん)。
Yさんと話していたら、もう1人の住人ママHさんがやって来た。大学の経済学の教員で、やんちゃになり始めた1歳半の息子さんを持つママだ。開業医の旦那様も多忙なため、昨年4月に認可保育園に入園するまでの間、チャンプハウスの保育室にお世話になった。産前産後に療養が必要だった時期があり、その時には実家の母親に来てもらってゲストルームに泊まってもらった。「チャンプハウスにある機能はフル活用させてもらっています」(Hさん)。
開設からそろそろ丸5年。ボランティアや社会貢献熱が高まり、東日本大震災を経てコミュニティの大切さを再認識する向きが社会に広がるにつれ、山本さんは「多世代交流」「子育て支援」をうたったチャンプハウスのコンセプトに時代が追い付いてきたことを感じているという。「昨年はクリスマス会や花火大会の鑑賞会を企画しましたが、まだまだ来る人は少ないですね。これからがコミュニティづくりのために努力する時だと思っています」という山本さん。初期に運営で苦労した教訓から、次にハウスを作る時には、借り上げではなく何らかの形で自らディベロッパーとなって進めたいと考えている。今年からは日本にいる時間を増やし、腰を据えてこれからの住まいづくりに取り組むつもりだ。「5年間の教訓を生かして、ここをしっかりと軌道に乗せて、第二、第三のチャンプハウスをつくっていきたい」と抱負を語ってくれた。
(文責・木村麻紀)