調布市仙川。ここ数年の再開発でチェーン店と昔ながらの店が混在している商店街に2011年8月にOPENしたコワーキングスペース「“cococi” coworking space(以下cococi)」。駅からも3分程度の便利な立地だ。
実は訪問する前にWEBサイトなどを確認していたのだが、その雰囲気から「女性のための場」というイメージを持っていた。ガールズトーク炸裂中の場に無神経な男が分け入っていくような、若干の場違いさを心配しつつの訪問となった。だが、ドアを開けて出てきたのはさばさばとした快活そうな雰囲気の女性。運営母体である非営利株式会社ポラリスの代表取締役・CEO 市川望美さんだ。「どうぞ~」という声に、われわれの気持ちも少し和む。
そもそもコワーキングとは、最近広がりを見せる気軽なコミュニケーションを前提としたワークスタイルのこと。多様な人が交流することによってその関係から何かが生み出され、刺激を与え合う、そんなことを期待する人が多く集まる場でもある。本サイトでもすでにPAX coworking を取り上げたが、cocociは、ワークスペースと言っても和室などもともと住宅であったであろう名残もあり、知り合いの家を訪れたような雰囲気で、住まいに近い。
「ここちよく暮らすためのコワーキングスペース」と銘打ったその中に入ってみた。
この日は5回連続の講座「こどものいるくらしの中で“はたらく”を考える」の最終日。一番左が市川さん
入口を入ると右手に2部屋、左手に3部屋があり、各部屋には、使い方によって名前がついている。
・メインワークスペースの「J(ジェイ)」
・Jに隣接した和室の「cocoon(コクーン)」
・キッチンのある「アイデアスタンド」
・お互い話しかけないで作業に没頭できる「ハーミット」
・人前で話しにくい電話をするときや、密談をしたいとき、気分をリフレッシュしたいときに使える小スペース「秘密の小部屋」
それぞれの部屋に特色を持たせることで使い方に変化を与え、うまくスペース全体を使っている。そんなcococi、どういう意図で運営され、どんな人たちが集まってきているのだろうか。
ありのままの自分として働ける場を作る
もともと市川さんは出産を機に子育て系NPOに関わり、理事も務めている。その活動の一環で、お母さん向けの起業支援やライフプランニング支援を行ってきた。
そんな活動の中で、課題も見えてくる。
「子育て支援という枠の中では、専門家というと保育士とか助産師ということになってしまい、働き方や生き方の専門家はいない。また、育児中の女性が働くという場を語るときは男女共同参画というテーマになりがちで、実践的ではない。もっと普通に地域で働く、地域経済の活性化や産業振興というテーマで実践的に仕事ができないだろうか」
そう考えたのだそうだ。
社会的企業の起業家やスタッフを養成するビジネススクール「iSB公共未来塾」の研修プログラムの中で、すでに始まっていたコワーキングスペースにインターンとして関わり、最終的にはオリジナルな事業計画としてまとめあげ、ビジネスプランコンテストで見事支援を勝ち取る。
実はこのcocociは、コワーキングスペースとしての運営自体を目的として生まれたわけではない。地域資源の徹底活用を目的としたコンテストで支援を勝ち取った事業計画のなかの、一つの実践の場という位置づけだ。家庭の役割から離れ、自分自身としていられる場、そこで自分として無理なく働く。そんな事業の実践の場。
自分で作ったマインドマップと共に記念撮影
多様性のもとで生まれる意欲
地域資源の中には女性だけでなく、もちろん男性も含まれる。
冒頭、女性のためのという印象が強いと書いたが、実は男性もウェルカムであり、特にターゲットを絞っているわけではない、とのこと。ただ女性の方が結婚・出産・子育てのタイミングで大きな変化を経験する。そういう意味で現状に疑問を感じたり、違和感を抱える人が多いのだろう、参加者は専業主婦の方やママさんがどうしても多くなるようだ。
「男性は結構気になるみたいですね。他のコワーキングを運営している方が見に来て、『アウェー感を感じる』って言われた(笑)。子どもを幼稚園に送っていった時の感じ、って。皆で徒党を組んできて合コン的にやりましょう!なんて話しているんです。」と市川さん。
他の参加者からも、男性の積極的な参加を待っているという声は多い。多様な人が入ってこられる環境でありたいというのが皆さんの共通する意見。
昼休み中も何やら相談にのっていたり。アイデアスタンドにて
「ママさん集まれ!みたいな、同じような状況の人が集まって、『大変だよね』『ね~』という共感で終わってしまって、何かを生み出す原動力を持ちえなかったり、新しい刺激にも出会えない。そういう場では、何かにチャレンジしたり、大変だけど乗り越える楽しさや、次はもっとこうやりたいというような意欲がわきにくい。だからコワーキングスペースのような場があって、男性含めていろいろな人が来て話をする、刺激がある、単なる共感に終わらず、『自分はこう暮らしていきたい』『こう生きたい』という考えを持てば、そういう親でいること自体が子育てにとってプラスになる。自分の意見をちゃんと持てる親の方が、子どもも幸せだと思う」
思えばこの記事を書いている私も一児の父親。母親や父親という役割の前に、一人の人間としていられる、そんな場所は貴重な存在だ。
力を出し合ってそれぞれが活躍できる場
そんな構想のなかで、地域資源の具体的な活用法の一つとして、「セタガヤ庶務部」がある。cocociの中でカセギを作る事業として行う取り組みの一つだ。
市川さんは、自身が「ピン芸人」という言葉を使って表現する「なにか自立できる能力を持った人」だけでなく、もっと事務職など芸にはならない職歴の人も含めて活かしあう仕組みを構想しているのだ。
「フリーで生きていこうとすると手に職系のいわゆる芸がないといけないという言い方をされるけど、世の中の地域に埋もれている人は事務職が多いのです。だからむしろピン芸人が動きやすいように、バックアップ的に事務周りの仕事を引き受ける庶務部をつくって、そこで実際に報酬をもらえる仕事にしていきたい」
それぞれの足りない部分を、力を出し合ってみんなが活かしあう。そのベースとしてのcocociなのだ。
何かを始める力をもらえる場
cocociでインターンもされているという浅野愛子さん。今日は2才のお子さんと一緒だ。海外で東洋医学を学んで漢方の講座などもおこなっているという。
「場が重要。実際に会って話が出来て、場がないと何も起こらない。ワークスペースというより、なんていうんでしょうかね。こういうの。もやもやしたいろんな形の働き方を作っていくという感じ。すでに形になっている事業をやっていく、という場ではないかも」
浅野さんは海外で東洋医学も学んだ経験の持ち主
また、今はNPOの事務と地元の八百屋で働く金入有紀子さん。
以前はベンチャー系の人材採用コンサルティング会社でバリバリに営業職として働いていたという。だがそこで見てきたのは、優秀な女性たちが出産を機に仕事を離れ、悶々としている中で、いまさら再就職も難しい、そのまま仕事に戻れないという現実。自身の結婚・出産を経て、そういう人たちに働く場を作ってあげたいという想いが強くなったのだそうだ。
「ここはゼロから始めている人がいる。それが大きい。精神的な安心感を得ることができる」
NPOと八百屋さん、2つの職場を掛け持ちするエネルギッシュな金入さん
お二人とも、自分という状況に対してとても大きな意欲を持っている。新しいことに関わって、何かを始めたい、そういう気持ちが伝わってくる。そしてこの場の存在が、気持ちの推進力になっている。今の状況のままではなく、次のステージを探してここから出発していく、そんなエネルギーを強く感じた。
cocociのロゴマークの上にそえられた言葉は「ワンランク上のステージに飛躍する場所」。ここに集まる皆さんの表情を見る限り、それは決してお飾りのキャッチコピーではないのかもしれない。まだ始まって3ケ月とは思えない意識の醸成。
自分らしくいるここちよい暮らしのステージが、この場から、参加者から、はじまる日もそれほど遠くないはずだ。
【了】
文責:山口健太郎