持ち寄ることから始めよう—コミュニティ崩壊の危機から蘇ったシェアハウス① ~ウェル洋光台

善意と好意で成り立つシェアハウス

 

ウェル洋光台は、見晴らしのいい高台にある、元社員寮だった建物を利用したシェアハウスだ。

 

左手の3階建ての白い建物がハウス。部屋からの眺めも美しい。

左手の3階建ての白い建物がハウス。部屋からの眺めも美しい。

住人が主体的に改装したキッチンは、1人暮らしでは到底揃えられない様々な調理器具や調味料で彩られ、ダイニングには“free food”と呼ばれる、住人同士のおすそわけの品々が並ぶ。廊下やラウンジの本棚には暮らしにまつわる図書が並び、週末の予定表は住人主催のイベントで埋まっていることがほとんど。
「畑、手仕事、おうちカフェ。」というハウスコンセプトが示す通り、あくまでも生活の場であることを担保しながらも、地域住民と共同で小さな市(マルシェ)を開催するなど外部との交流にも積極的だ。住民同士の結びつきが強いシェアハウスでよく見られる定例会や、ビジネスライクなシェアハウスにありがちな大げさなルールを設けることなく、住人と運営者の善意と好意で緩やかに成り立っているウェル洋光台。「持ちよる暮らし」を実践しながら、「ルールがないことがルール」を運営方針とし、赤の他人が共に暮らす上での難しさを軽々と飛び越える住人たち。

 

パーティーの食事も持ちより形式。あっという間に豪華な食卓に。

パーティーの料理も持ちより形式。あっという間に豪華な食卓に。

そんな、理想を体現したようなウェル洋光台も、シェアハウスとしてここまで順風満帆だったわけでは決してなく、コミュニティ崩壊の危機に瀕しながらも、ここまで甦ってきたのだという。その再生の秘訣を知りたいと思っていたところ、暮らし手(ウェル洋光台では住人をこう呼んだりもする)の何人かにお話を聞くことができた。
それぞれの物語を全3回の連載記事として紹介していく中で、コミュニティ(シェアハウス)の再生というテーマを考えてみたいと思う。

 

 

 

コンセプトに惹かれて

 

今でこそ、TVの影響もあって定着した「シェアハウス」という生活様式も、ウェル洋光台がオープンした当時の2006年にはまだ珍しい存在だった。今や入居待ちが出るほどの人気ハウスに成長したが、注目度が右肩上がりになってきたのは最近のこと。特に、2013年に断行した一大リニューアルがその契機になったという。ちょうどその頃入居してきたご夫妻が、当時の話を聞かせてくれた。

 

庭で食事を楽しむおふたり。

庭で食事を楽しむおふたり。

『シェアハウスなんて住んだことなかったんですけど、悠作さんがどうしてもって。
普段はそんなに我を通すタイプでもないし、そこまで言うならまずは試しに、
ってことになったんですよ。』

 

と話すのは久美子さん。

 

『みんなで作り上げていく、というコンセプトに魅力を感じたので…』

 

と、その悠作さんが控えめに後をつなぐ。お2人とも笑顔が素敵で自然体のご夫妻は、ウェル洋光台に来たときのことをそう振り返ってくれた。

 

当時は、住人兼管理人としてオーナーに呼び戻された元住人の戸谷さんが、入居率が4割を切ってしまったハウスの一大リニューアルのためにあれこれ奮闘していた時期。その背景には、住民の間に派閥ができるなどしてなんとなく居づらくなり、住人がどんどん離れていくという「暗黒時代」によってハウスが“荒れた”時期があったそうだ。そこから立て直すべく、戸谷さんはオーナーと共にコンセプトブックをまとめ、ネットで情報発信を始めていた。それを見て火がついた一人が悠作さんだったというわけだ。後に、このコンセプトに惹かれて入居希望者が続々と集まってくるようになったというから、それほどの魅力あるコンセプトだったことがわかる。

 

 

 

こじれた糸を解きほぐす

 

約1ヶ月の試し住みで手応えを感じたふたりが正式に引っ越して来た後も、ハウスにはどこかもやもやした、すっきりしない空気が漂っていたという。

 

ハウスの備品は誰でも移動していいし、生活ガイドも誰でも変えていいということに
なってはいたけれど、当時は戸谷さんがほぼ1人でやっている状況で。
結果的に、「
ここは“戸谷ハウス”だ」なんて陰口も聞こえたりして(笑)。
戸谷さんが良かれと思ってやってることが裏目に出てた感じはしてたかも』

 

『コンセプトが伝わってなかったんだと思います。前からの住人はコンセプトブック
なんて知らないし、新しい住人もよく読んでない…という状態だったんじゃないかなぁ』

 

そんな状況を見かねた二人は、さっそく行動を起こす。「ウェルミーティング」と称して、現住人はもちろん、まだ入居前の新住人も巻き込んだ話し合いの場を設けた。と言ってもそれは、問題解決のための堅苦しいものではなく、付せん紙を使って全員の意見を見える化する、戸谷さん曰く「ワークショップのような場」だったという。

 

ウェルミーティングでの意見出しの様子。

ウェルミーティングでの意見出しの様子。

『もちろん不満も出たけど、それを戸谷さんの居る前で出せたのがよかった。
最後にはウェルのいいとこ探しの会みたいになりました』

 

『ミーティングの前後で劇的な変化というのはなかったけど、集まり(ミニパーティー)が
増えたなっていう実感はありました。みんなの考えが分かって、話がしやすくなったって
いうのはあったかも知れないですね』

 

そもそも、リニューアルに際して住人すべてが入れ替わったわけではないため、家賃や立地などの条件面で住み続けていた人と、新しいハウスコンセプトに惹かれてやって来た人とでは、意識や考えに隔たりがあるのは当然のこと。その辺りのこじれた糸を解くきっかけになったのが、このミーティングだったと言えそうだ。

 

 

 

みんなで作り上げていく

 

その後、ミーティングの流れを受けて始まった改装工事でも、悠作さんは積極的に手を挙げた。トイレやキッチンの改装に、居室の増設。大工さんに丸投げするのでなく、普段からその設備を使っている暮らし手の立場から設計にもどんどん参加する。有志を募って、自分たちで出来ることはセルフビルドで仕上げる。自身が惹かれた「みんなで作り上げる」というコンセプトを、自ら体現していった。

 

新しく貼り替えた床をオイルで仕上げる悠作さん。

新しく貼り替えた床をオイルで仕上げる悠作さん。

 

『セルフビルドとかは、皆が皆そういうことをやりたいわけではないので。
ウェルは生活の場だから、非日常でなく日常が充実する、やっぱりそれが一番大事。
改装工事が終わって、今は平和な日々です。
改装中は、毎日、ケンケンガクガクやってたので…(笑)』

 

当初は悠作さんについてくるような形でウェルにやってきた久美子さんも、パーティーの世話役になったりと、生活の場としてのウェルを楽しんでいる。

 

こちらはパン…ではなく、味噌を仕込んでいる様子。

こちらはパン…ではなく、味噌を仕込んでいる様子。

 

『パン焼きとか、趣味が増えました(笑)。楽しんだもん勝ち、っていうのが信条なので、
シェアハウスでの生活も楽しみたいなーって』

 

 

 

1人ではやらないことをやれる、冗談が冗談でなくなる

 

お二人に、ハウスのいいところを尋ねてみた。

 

『「思ってもみない展開」がよくあるかも。平日夜に突然BBQが始まったり。
休みの日、気付いたらみんなでアンチョビ作っていたりとか』

 

『冗談が冗談でなくなるっていうのはありますね。誰かが言い出したことがノリで
どんどん膨らんでいっちゃう感じ。そういうの嫌いじゃないですけど(笑)』

 

『お互いが知らないことを教え合ったりしているうちに、じゃあやるか、と。
1人だと絶対やらないようなことをやれるし、やればできるんだな、って』

 

アンチョビ部、活動の様子。

アンチョビ部、活動の様子。

 

もともと好奇心旺盛なおふたりの性格を差し引いても、シェアハウスならではの魅力が伝わってくるこの答え。ラウンジやキッチンで寛いでいるところから始まる思いがけない展開は、2人でのアパート暮らしからは得難い経験だと言えるのかも知れない。
例えば、まだハウスに空室が目立っていたころ、アメリカからツアーに来たバンドたち10人が丸ごと空き部屋に住んでいたなんてこともあったのだとか。

 

『毎晩、スコット(バンドリーダー)と語る会、ってのをやってました。
彼がまた話し好きで。なんだか二人揃って感化されちゃってました(笑)』

 

『ウェルに居ると、自分が止まってても出会いがあるんですよ。
自分から出会いを求めに行かなくても、色んな人がやってくる。だって、
自分の家にバンドが丸ごとやってくるなんてこと、普通ないでしょ?(笑)』

 

 

 

交わる暮らしがきっかけを生み出す

 

「あなたにとってウェル洋光台とは何ですか?」と、最後に聞いてみた。

 

照れながらも真摯に答えてくださるおふたり。

『出会いときっかけの場』(悠作さん)
『いろんなものが落ちてたり、転がってたりする場所』(久美子さん)

 

2人の答えに共通するのは、ウェル洋光台は「きっかけ」がある場所だということだ。本来、きっかけというのは生活の場という日常の中にはあまりないもの。きっかけとは一種の綻びで、綻びがないから(決まりきった)日常なのだとも言える。そこからはみ出した、日常と非日常の「あいだ」からひょっこりと生まれたり発見したりするのが「きっかけ」というものではないだろうか。だからこそ、「きっかけ」を探す人はいつだって多い。
しかし、暮らしを持ちよるウェル洋光台においては、決まりきった日常にゆらぎが生じる。自分にとっての日常は、他人にとっての非日常となり得る。住人が持ちよった、パーソナルな暮らしと暮らしのぶつかり合いを、いわゆる「文明の衝突」にさせることなく、きっかけを生み出す契機とする。それが、ウェル洋光台という暮らしの場の真骨頂と言えるのかも知れない。

 

『私の場合、最初来た時にみんなに優しくされたから、後から来る人にも優しく
しようって気になれた。そういうのはハウス全体に受け継がれている感じはしますね。
それがいい雰囲気を作っている、というのはあるかもしれません。
周りを気にかける人が多いとは感じます』

 

『人の入れ替わりは今でも結構あります。ハウス自体がリニューアルの過程にあるせいか、
人もそういう人が集まる傾向があって。仕事辞めたとか、違うステージに行こうと
している人が集まってきて、また巣立っていく感じ』

 

ウェルに来たことできっかけを得て、それが起点となって新しい人生が始まっていく。その過程は、再生というプロセスとも重なる。再生は、あくまでも内的な働きだ。外部からの刺激が要因となることはあるにせよ、そこには自主性とでも言うべき能動的な何かがある。そこに、コミュニティが再生するためのヒントが垣間見えたような気がした。

 

ウェル洋光台での暮らしが生み出す「再生」というエネルギー。
そのことについて、次回はまた別の暮らし手が語ってくれる。

 

【続く】

(村上 健太)

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