恵比寿駅から歩いて約10分。幹線道路脇の緑あふれる住宅街を進むと、3階建ての白い建物「いこっと」が見えてきた。ここは2010年4月に建てられた、NPO法人ぱれっとが運営する「障害のある人もない人も安心して暮らせる家」。現在20代~40代の知的障害者と健常者が各4名ずつ、合計8名で暮らしている。
コミュニケーションを深める「仕組みある暮らし」
この家では一人ひとりが個室を持ち、各階に浴室(シャワー)、洗面、トイレが併設。洗濯機、キッチン、リビング、ダイニングを皆で共有している。とはいえ、知的障害者と健常者が単にシェアをしているというわけではない。居住者全員が参加をする「定例会」を開催したり、「係」を設置するなど、入居者同士のコミュニケーションを深める仕組みを持つという意味で、コレクティブハウジングの要素を取り入れた暮らし方をしている。今日は月に1回開かれる定例会にお邪魔した。
玄関を入ってすぐ目に飛び込んできたのが、居住者8名の名前が書かれた連絡ボード。名前のマグネットが赤の時は不在、白の時は在宅を表示する。中には、自分の態度を反省する微笑ましいコメントもあり、居住者同士のコミュニケーションが密にとられているようだ。
みんなの暮らしを「自分ごと」として考える
明るい日差しが入りこむ、開放感あふれるダイニングで開かれた定例会は、ぱれっと事務局長も加わった7名で開催。会議のトピックは「アジア知的障害会議」の報告や、「くらしのフォーラム」の振り返りなど。中でも一番丁寧に時間をかけて話し合われたのが「備品係」の担当内容についてだ。
いこっとでは居住者がそれぞれ、お掃除係、整理整頓係、会計係、写真係、ゴミ係、備品係などを担当している。今日は「備品係」の居住者から「1人だと大変なので皆にも協力をしてもらいたい」と提案があった。
「まず、備品係の仕事って、今どんなことをしているのかな」
「大変っていうのは、どこがどんな風に大変なの」と、現状と問題点を模造紙に書きだす。
「なくなりそうな物が早めにわかるといいよね」
「お米などの重たいものは女性が買うのは大変だろうから、男性陣で買ってくるよ」
「それなら、宅配サービスを利用してはどうかな」
「備品係の仕事なんだから、備品係が決めて」ではなく、皆が自分ごととしてアイデアを出し検討していく過程が、とてもコレクティブだ。
衝突しても受け止め合える、丁寧なコミュニケーションプロセス
また「お掃除係」の担当者からは「洗濯機や乾燥機に洗濯ものを入れっぱなしにする人がいて、次の人が使えなくて困る」と相談があった。しかしその担当者が現状を見かねて、「洗濯物を入れっぱなしにしている人、捨てます」というメモを貼ったことが議題に上る。
「だからといって『捨てます』っていうメモ書きは、読んだ方も嫌な気持ちになるよ」
「見かねた気持ちはわかるけれど、『捨てます』っていう言葉に傷ついた人もいるんだよ。まずはそれを受け止めて、皆に謝ろう」
そんなやり取りの中、「少しでもより良い暮らしをしたいということで、ああいう書き方になってしまって…ごめんなさい」というお詫びの一言からミーティングが仕切り直され、次にどうすれば洗濯物を入れっぱなしにしなくてすむか、建設的に話し合いが進んだ。
ここでは、障害があることを問題視するよりも、コミュニケーション面でつまずいてしまった場合にまずは丁寧にほぐし合う。そして、再びコミュニケーションの一歩を気持ちよく踏み出し、お互いを受け入れ合う温かな関係性を作り上げている。そんなきめ細やかなプロセスを目の当たりにして、健常者同士で喧嘩になりそうなことも、このように丁寧なプロセスを経れば、たとえ一度は衝突してしまっても、お互いの違いを穏やかに受け止めあえるのに…とハッとさせられた。
知的に障害のある人とない人が一緒に作る暮らしの醍醐味
現在、日本の社会においては、知的障害者の約8割が親から支援を受けながら自宅で暮らしている。
しかし「いこっと」を運営するNPO法人ぱれっとは、障害が軽度で、身の回りのことが自立してできる知的障害者は少しのサポートがあれば、親や施設から自立した生活が十分可能である、と考えた。そして、障害者が自立して生活する一歩を踏み出すための必要なサポートは、同じ家に共に暮らす「人」がいることだという着想のもと、企業との協働により、知的障害者と健常者が共に暮らす新しいタイプの家「いこっと」を作り上げた。
このように日本で類をみないコンセプトの暮らしが始まって1年、居住者の皆さんはどう感じているのだろう。障害のある居住者の一人は次のように語ってくれた。
「実家にいる時より、コミュニケーションがうまくとれるようになったと思います。誰かの為に何かをやることで自信がついて、またやりたいと思うようになった気がします。皆から力をもらって、やれなかったことができるようになっているのを自分でも感じているから、皆に支えてもらっている事に感謝していますね」
また「以前住んでいた(知的障害者向けの)寮では世話人さんがいたけれど、ここにはいないから、自分のことを自分でやらなければいけないのが大変。でも皆がいてくれるし、楽しみながら学んでいる」と答える人や、「いこっとにくるまでは親に頼りきりだったけれど、ここでの生活は、大変なことを乗り越えて学んでいる感じがする」と答える人もいた。
一方、障害のない居住者の一人は「今まで食事はほとんど1人だったけれど、ここでは皆と食事ができるのが嬉しい」と語り、同じく障害のない居住者で、実家からいこっとに引っ越してきた男性は、ここでの暮らしを「土日も皆でご飯を食べているせいか家族みたいという意味では、実家と変わらないんですよ」と笑う。
「正直、面倒くさいと感じることもあるけれど、人と関わりを持って生活を作りながら暮らすというところに魅力を感じるんです」という居住者の言葉に集約されるように、全員がそれぞれ色々な課題を抱えつつも、ここでの暮らしを「楽しい」「嬉しい」「学んでいる」と表現するのが印象的だ。
人として、健やかに生きることとは
そんな和やかで温かみのあるコミュニティである「いこっと」は今後、どんな発展を遂げるのだろう。
障害のない居住者に聞くと「障害のある人ない人が一緒に暮らす生活を、もっと多くの人に知ってもらいたい」という意見を筆頭に、「地域や他のシェアハウスとの交流も含め、外とのつながりを増やしたい」「日常生活の中で外と繋がれるようになりたい。その為にブログを頑張っていこうと思っている」という意見が聞かれた。
一方で、障害のある居住者は「健常者の人が抜けてしまうと、どうやって生活していけばいいか不安もある。その為にも、より多くの人にいこっとのことを知ってもらいたいし、周りとのコミュニケーションを大切にしていきたい」とも語る。ニーズはそれぞれ若干異なるものの、他者を積極的に受け入れ関わっていくという点では共通しており、それはそもそも、障害の有無とは関係ないことではないだろうかとも思えてくる。
実は、定例会前に居住者にご挨拶をした際、障害のある人とない人の区別が一瞬つかず戸惑ったのだが、こうして話を聞いていると、コミュニケーション上のトラブルも、生活の不安も、他者と関わりたいと思う気持ちも、障害の有無による差はほとんどないことが感じられる。
つまり、人は他者との関わり合いの中でしか生きられず、その中でお互いに衝突をし、それでもまた他者を求めあう―そんなどうしようもなく愛おしい生き物なんだというのを改めて実感する。
「今後、どんな暮らしをしていきたい」という質問に対し、障害のある居住者の一人が「皆が早く帰ってきてくれて、もっとおしゃべりできたらいいな」と答えると、別の障害のある人が「僕も皆に料理をふるまって、もっと一緒に食べたいよ。外食だと健康が気になるし」と続けた。
栄養バランスのとれたものを、支え合う仲間と一緒に食べ、楽しく語り合う― いこっとでの暮らしには、人として健やかに生きていく上でのエッセンスが、とてもシンプルな形で凝縮されているのかもしれない。
了
文責:田口 歩
編集後記:
今回、「いこっと」にお伺いしてふと思ったのは、「この風通しの良さと、他者を受け入れるオープンネスってどこから来るんだろう」ということ。
しかし、NPO法人「ぱれっと」の事務局長Sさんとお話をし、それは「ぱれっと」の組織の気質によるものではないかな、と感じました。
知的障害者関連の団体の一部では、「実際に家族に知的障害者がいないと、当事者の気持ちなんてわからないのよ」と閉鎖的になってしまい、知的障害者の団体としか付き合わなかったりするケースもあるようです。しかし、「ぱれっと」では、障害者団体とは関係のない外部の企業等とも積極的にお付き合いするようにしているのだとか。
「誤解されることも多々あるのだけれど、相手の誤解も受け止めながら、訂正して貰いたい部分や、自分達の最低限の基準はきちんと相手にお伝えしているんです」とおっしゃっていた所に、「ぱれっと」の相手を信じる力強さのようなもの、懐の広さを感じました。
普通はどんな人間関係においても、誤解される第一段階から避けてしまったり、自分のことを正しく理解してくれる人とだけ付き合いたくなってしまうものかと思います。
だからこそ、色々な相手と「向き合いながら寄りそっていく」というのは、相手を信じる辛抱強さがないと、なかなかできないもの。
実はこの「ぱれっとの家 いこっと」をつくるにあたり、中心的な役割を果たした「家づくり実行委員会」の委員長は、それまでボランティアとして関わってきたTさん。
「それまでボランティアとして関わってきた方を、実行委員長というトップに任命してしまうなんて、すごいですね」という私の感想に、事務局長Sさんは「Tさんを始め、外部の新しい空気も取り入れてつくりたかったんです」と答えてくれました。
こんな所からも垣間見られる「ぱれっと」の人を信じる強さ、慣習にとらわれないオープンネスは、私の中でも今後のテーマとしていきたい大事な姿勢だなぁと深く思うと共に、とても温かな気持ちで帰路についたのでした。