東京都国分寺市で、最近、なにやら「ぶんじ」と呼ばれる地域通貨が盛り上がっている、との噂を聞きつけた。地域通貨―オーガニックなコミュニティに絡んで時々耳にする。でも、国分寺で起こっていることは、それとはちょっと雰囲気が違うようだ。国分寺で何が起こっているの?ぶんじって何?そのような疑問と好奇心を胸に、早速ぶんじの現場に足を運んだ。
「ありがとう」の気持ちを通貨にのせて
ぶんじは、名刺大の紙でできた通貨で、1枚は100ぶんじ。現在約2,000枚が流通中という。ぶんじは、2012年9月に開催された国分寺のお祭り「ぶんぶんウォーク」で初登場した。ぶんじが使える場所は、今のところカフェスロー、おたカフェ、ラ・ブランジュリ キィニョン、クルミドコーヒーといった国分寺の4つのカフェ、うどん屋のライトハウス、西国図書室。それから、カキマツリ、たねと食のおいしい祭、ぶん馬車、お散歩隊といった地域のイベント・プロジェクトでも使われている。さらに、農業が盛んな国分寺で、農業とぶんじを絡めて、何かおもしいろいことができないかという試行も始められている。
上記のお店やイベントでは、支払いの上限はあるものの、100ぶんじ=100円として使える。ぶんじを手に入れるには、1,000円の寄付でぶんじ10枚と交換できるほか、おつりをもらう時に、現金に100ぶんじ(=100円分)を交ぜてもらうこともできる。
ぶんじの最大の特徴は、「ありがとうの気持ちを通貨にのせる」という考え方だろう。ぶんじは、個人同士で、誰かに何かしてもらったときに、気軽なお礼として「ありがとう!」「いいね!」的に渡すこともできる。ぶんじの裏にはメッセージを書く欄があって、仕事をしてくれた人への感謝の気持ちなどを使う人が自由に書き込み、それが巡り巡っていろんな人に共有される。このメッセージが結構おもしろい。
ぶんじの楽しさは
私は、ぶんじが使われる現場を体験するために、ぶんじの「お散歩隊」が主催する「春の国分寺ロゲイニング」に参加した。ロゲイニングとは、地図上のスポットをチームで時間内に巡り、獲得した得点を競うもの。こうしたイベントの参加費の支払い時にも、ぶんじを使うことができる。
ゴールデンウィーク中のよく晴れた日の朝、国分寺の武蔵国分寺公園に、いろんな世代の男女総勢20人が集まった。私のチームは、自分を含め初対面の女子3人。楽しくおしゃべりしながら、新緑がまぶしいこの季節に、国分寺の町を巡り歩いた。素敵な雑貨と落ち着いた雰囲気が素敵なおたカフェ、地元のおばちゃんたちのやさしい笑顔に出会った野菜の直売所、清らかな小川が住宅街を抜ける「お鷹の道」、住宅街になぜかふくろうがいる(!)喫茶店、丸くて懐かしい郵便ポスト、武蔵野のおもかげを残す雑木林、紫色の花が春風にそよいでいた藤棚、たけのこが顔を出す竹林、子どもがおおはしゃぎする「国分寺プレイステーション」、そして、とっておきのピクニックスポット「武蔵国分寺跡」と「七重の塔跡」。
町歩きってこんなに楽しいんだ、国分寺って面白い!と感じた時間だった。同時に、こんなにゆるやかに心地よく、自分が人や町とつながれるものなんだ、と思った。
このロゲイニング企画・運営メンバーへの報酬もまた、ぶんじだ。それはつまり、「みんなで、町をもっと楽しもうよ」という企画メンバーの自発的な想いと行動に対する、参加者からの「いいね!」であり、「ありがとう」なのだ。
地域通貨は町を盛り上げる触媒
使えるところが少しずつ増えるなど、有機的な広がりを見せるぶんじ。その舞台裏はどうなっているのだろうか。ぶんじの企画運営の中心メンバーのひとり、クルミドコーヒー店主、影山知明さんにお話を伺った。
ぶんじの企画チームは、前述の4つのカフェ(おたカフェ、カフェスロー、クルミドコーヒー、キィニョン)のメンバーらを中心とした10名程度。2012年初夏から定期的にミーティングを行い、さまざまな議論を重ねてきたという。
「皆で、町をどうやって盛り上げていくか、という話をしたときには、国分寺は『馬車!』『水でしょ!』『自然エネルギーだ!』『蓄音機だ!』『子育ての町だ!』などと、個性的で面白いメンバーから、さまざまな意見が出て収拾がつかなくなった。正直困った(笑)」と影山さんは話す。
しかし、その一方でそのとき彼が思ったのは、町がこうなったらいいな※、と皆で語りあうこのプロセス自体がかけがえのないものではないかということ。皆に共通していたのは、自分のエゴではなく、町のためなら一肌脱ぐ、という利他性や貢献意識。影山さんは、皆でわいわい議論すること自体が、この町に住む人と人とを結びつけ、町を盛り上げることになると感じた。そこで、皆のこのエネルギーや想いを引き出し、つなげる道具として地域通貨を使えないかと考えたという。
※影山さんは、ミヒャエル・エンデが大切に使っていた言葉とかけて、これを「ファンタジー」と呼んでいる。
幸せな「交換」のありようを増やしたい
影山さんが、そもそも地域通貨に興味を持ったきっかけは、1999年にNHKスペシャルで放映された「エンデの遺言」というドキュメンタリー番組。『モモ』などの作家として有名なミヒャエル・エンデが、現代のお金のあり方に根源的な疑問を投げかけたこの番組は、その後日本の地域通貨ブームに火をつける。
「今の世の中の経済活動では、ものを売り買いするという『交換』のための実体経済に比べ、お金を保存したり利殖したりとお金自体が商品となってしまった金融経済が何百倍にもふくれあがっている。けれども、人が幸せになるためには、実体経済を豊かにすることこそが大切。地域通貨とは、まさに『交換』に特化した通貨」と影山さんは語る。
なるほど、ぶんじは貯めても、たくさん持っていても仕方がなく、使うことに意義がある。国分寺に住んでいる人がこれからぶんじをどんどん使えば、国分寺のなかでお金の循環が生まれて、地域の経済が活性化するかもしれない。地域通貨には、地域で稼いだお金が外部に逃げないようにする性質もあるという。
「地域通貨の存在理由が、『地域のお店で使える』ことだけだったとすると、それは単に『使い勝手の悪いお金』ということにもなりかねない。ぶんじが目指すもう一つの大事なことは、『ひとつひとつの交換のありようを変える』こと。仕事には、売上を上げてお金を稼ぐというtakeという側面もあるけれど、元々は、誰かのために役に立ちたい、喜んでもらいたいというgiveの側面もあるはず。誰かの『贈る』気持ちや行為への感謝を表すこと、お店であれば、お客さん側が自然と『ありがとう』と言えるような交換になっていったら、町での日々が、もっと楽しいものになるはず」と影山さんは語る。
「ありがとうの気持ちを通貨にのせる」というぶんじのモットーや、「ありがとう!」「いいね!」とぶんじをやり取りするしかけの裏には、このような想いがあるのか。
地域通貨への情熱とトラウマ
私は、企画チームのもうひとりのメンバー、カフェスローの間宮俊賢さんにもお話を伺った。オーガニックカフェの草分け的存在である「カフェスロー」は、2001年の設立時から、地域通貨に熱心に取り組んできたことで知られ、日本各地の地域通貨を受け入れるとともに、その母体であるNGO「ナマケモノ倶楽部」は、地域通貨「ナマケ」を発行している。間宮さんは、早い時期からカフェスローの地域通貨の取り組みを陰で支え、日本での地域通貨の栄枯盛衰を現場で見てきた人物でもある。
とはいえ、間宮さんが、カフェスローの代表・吉岡淳さんから、ぶんじ担当者を任命されたときの気持ちは、意外にも「まいったな」というもの。間宮さんにとって、地域通貨は「トラウマだった」と語る。
間宮さんも影山さん同様、2000年頃のブーム当初から、地域通貨の大きな可能性を感じていたひとり。カフェスローに入社する前から、ナマケモノ倶楽部の会員としてナマケの誕生に立ち会い、ナマケを活用したマーケットの開催や天ぷら油の回収活動、地域通貨の体験ワークショップなどに熱心に携わってきた。
しかし、2006年前後を境に、地域通貨ブームは全国的にフェードアウトしていく。その多くがボランタリーな活動に支えられていた地域通貨は、一部のメンバーへの負担、その分かりにくさ、広がりにくさが相まって衰退する。間宮さんも、悔しい思いや大変な思いをする仲間たちを多く見て、地域通貨と市民活動の難しさを実感したという。長い間、日々の仕事に没頭し、地域通貨のことは忘れていた。
新しい時代の地域通貨を目指して
その記憶が、2012年夏、突然ぶんじによって呼び覚まされた。しかし、ぶんじの仲間たちと出会い、ミーティングに参加するうち、「何回転んでもいいや」と思えるようになったという。「ぶんじの良いところは、ユーモアがあってまじめすぎないところ。関わる人たちは様々なバックグランドを持ち合わせ、ひとつの主義に基づいた集まりというよりも、もっとゆるやかな地域のつながりを目指している」。
カフェスローは、ぶんじミーティングなどの「集いの場」として、店舗スペースを提供している。また、ぶんじが使えるお店などを紹介する「ぶらぶらmap」を販売・店頭掲示するなど、「ぶんじの価値観を体現するステーションのような場所になりたい」と考えているという。ぶんじを利用することで、国分寺の町を立体的に感じてもらえれば嬉しい」と間宮さんは話す。
「Facebook等のソーシャルネットワークが利用される時代の地域通貨であることも、ぶんじの特徴ではないか。情報の流動性が高まり、人と人との新しいつながり方が生まれている。SNSがぶんじの良い下地になっているように感じます」と間宮さんは語る。ぶんじの企画チームや賛同者は、Facebookでつながっている。ミーティングの議事録や、イベントの呼びかけ、あるいは、日々のぶんじに関するつぶやきが、インターネット上で頻繁にやりとりされている。
「自分のこれまでの経験や伝聞を生かし、ぶんじに力添えできれば嬉しい。また、カフェスローという場の持つ場のポテンシャルを最大限に生かしたい。そうするうちにいつか、できあいの言葉で語れないような、地域の新しい価値観や魂みたいなものが生まれたりするのではないか」。間宮さんは、新しい時代の地域通貨のあり方をゆっくりと見守っている。
さらに、影山さんもこう語った。「これから、ぶんじを介していろんなことが起こってくると思う。国分寺をどういう町にしていきたいかは、エライ人が決めることじゃなくて、ここに住む人が思い描くこと。ひとりひとりのなかにある『ファンタジー』が引き出され、掛け合わされた先に国分寺の未来があるはず。予め目的地を定めてしまうのではなく、これからどんなことが起こるのか、僕らはそれを楽しみに待っていればいい」
彼らに気負いは感じられない。町のつながりをゆるやかに紡ぎ直すぶんじ―。地域通貨の新しい可能性として、しばらくその取り組みから目が離せない。
ぶんじは今、地域の農家ともつながりながら、農業を通じた町の活性化も目論む。次回は、ぶんじと農業を絡めた新しいプロジェクトの芽をリポートしたい。【了】
(文責:城野千里)